ポケットにキミの手を


……と、思ったのは気のせいだったらしい。

定食屋さんに入ってお茶を飲んだ途端、「昼、達雄さん何か言ってた?」と切り出してきた。

彼のことを話すときの司さんはちょっと変だ。
ご両親に会った時みたいに単純に怒っているわけでもなさそうだけど、やたらに気にするというか。


「私、聞こうかと思ったんです。もしかして司さんの元婚約者さんの関係者なのかなって思って」

「……そうだね。彼女の……綾乃の義理の兄貴で、今は旦那だ」


司さんは不貞腐れたような表情のまま頷く。


「やっぱりそうなんですね」

「でももう、関係ないよ。綾乃のことはもうなんとも思ってないし」

「はい、西崎さんもそう言ってくれました。昔のことは気にしなくて大丈夫って」

「達雄さんが?」

「司さんはいい男だから幸せになれるよって言ってくれたんです」

「は? ……何言ってんだ、あの人」


司さんは頭を振りながら、私が今まで見た中で一番困った顔をした。


「……達雄さんは、ずるいよなぁ」


私は、黙って彼の言葉を待った。
自重するように笑ったかと思うと、ようやく私に笑いかけてくれる。


「達雄さんを前にすると了見が狭いのがバレるから嫌だったんだ」

「了見……ですか?」

「そう。綾乃と彼が上手く行ったことはもう気にしてない。俺はもう綾乃より菫が好きだし。ただ」

「……ただ?」

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