ポケットにキミの手を


「……負けられないって思った相手だったんだ、達雄さんは。でも結局負けたわけだろ? 
なんていうのかな。単純に悔しいんだよね。俺は今までこんな風に負けた相手はいなかったし。自分が綾乃をそっとしておけといったくせに、俺に黙って綾乃を迎えに行ったことも許してなかった」


そこで起こったことはわからないけれど、彼女を巡って取り合いのようなことがあったんだろう。
少しだけ、胸がチクリと痛む。


「なのにこんな……許さなきゃならないタイミングで現れるなんて」


司さんが自重したように笑って、私を見つめる。


「……許したくなかったんですか?」

「そうだな。もうちょっと……菫をちゃんと自分のものにするまでは会いたくなかった」

「私は、あなたのものじゃないんですか?」


司さんはゆっくり首を振る。


「対外的な意味でだよ。結婚して、俺の妻ですって。……どうだって言えるくらいになってから会いたかったなぁって……ただの意地だったんだけどね」


まるで子供みたいに意地を見せる彼に、笑いがこぼれた。


「司さんがそんな風に余裕ないの珍しい」

「……だから、会いたくなかったんだって」

「でもいい人でしたよ。司さんのこと褒めてくれたから。……私嬉しかったです」


運ばれてきた料理を口に含んで言うと、彼は一瞬目を細めて私を見た。


「菫は人を許すのが上手だよな。おふくろの時もそうだったし」

「そうでもないです。私なんて司さんに会う前は人のこと羨んでばっかりだった。司さんが私の事選んでくれたってだけで、私、余裕が出たみたい」

「そうか」


じゃあ。と彼は口元を拭いた。


「俺ももう達雄さんを許そう。菫が俺を選んでくれたから」

「はい」

「今日、そっちに行っていい?」

「もちろん」


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