りんどう珈琲丸
「ねえマスター。僕は自分のことしか考えていなかったんです。本当の意味でヤスミーンを愛してはいなかった。大切なことはどうして後になってからしかわからないんでしょうか? 僕はあのときヤスミーンに近づくべきじゃなかった。本当にヤスミーンのことを愛していたのなら、僕はあんなふうにヤスミーンを求めてはいけなかったんです。僕には彼女を愛する資格がありませんでした。貧乏ながら女手一つで僕を育ててくれた母親を置いて、ヤスミーンだけを連れて逃げることなんて僕にはできなかったし、仮に逃げたとしても僕にはヤスミーンを養うことなど到底できませんでした。でも僕は苦しかったんです。ヤスミーンが他の男のものになってしまうのが。勝手ですね。あんなに優しかったヤスミーンはあっけなく殺されました。ヤスミーンと最後に別れたとき、僕たちは翌日同じ場所で会う約束をしていたのに。僕はヤスミーンにさよならも言えなかったんです。ありがとうも。ごめんなさいも。彼女が殺されたのは、すべて僕の責任なのです。あの日に戻れるなら、僕は今ここで死んでもいいと思います」
マスターは何も言わずに、黙って窓の外の雨を見ていた。霧雨のようだった雨が、いまは大粒の雨に変わっている。夕方なのに外はもう真っ暗だ。いつの間にかジョニ・ミッチェルのレコードが終わり、プチプチとレコードの針の立てる音だけが店の中の静寂を破っている。
マスターは何も言わずに、黙って窓の外の雨を見ていた。霧雨のようだった雨が、いまは大粒の雨に変わっている。夕方なのに外はもう真っ暗だ。いつの間にかジョニ・ミッチェルのレコードが終わり、プチプチとレコードの針の立てる音だけが店の中の静寂を破っている。