りんどう珈琲丸
「俺たちが忘れなければいいじゃないか」
「悲しいね」
「ああ」
「どうしてこんなことがおこるんだろう。わたし、須田さんにもういちど会いたかった」
「ひい」
「なあに?」
「須田さんが最後に俺たちのところに来なかった意味を考えろ。その答えは俺たち2人の中にちゃんとあるはずだ」
「ここに来なかった意味…」
「ああ、そうだ」
そう言うとマスターは珈琲を淹れて、カウンターに座っているわたしに差し出してくれる。そしてマスターは自分の分のビールを冷蔵庫から取り出す。
「ねえマスター」
マスターが振り向く。その目はいつもより寂しさを孕んでいる。今までのわたしはたぶんそれに気がつかなかった。でも今のわたしはマスターの目の向こうのかすかな変化を感じている。
「レコードかけてよ。あの、須田さんが好きだったやつ。ビリー・ジョエルの」
「ああ」
「ピアノマン。あのね、マスター、わたしは須田さんがピアノを弾くのを聴いたんだ」
「そうか」
「悲しい演奏だった。ピアノって、なんだろうね」
「ピアノはほかのどの楽器とも違う」
マスターはターンテーブルにレコードをセットしてくれる。ハーモニカが響いてセンチメンタルな前奏が流れ出す。
「ねえマスター」
「須田さんが行った場所は、音楽が聴けるかな?」
「どうだろうな? でもきっとそういう場所があるんじゃないか?」
「そうだといいね」
「ああ」
わたしは両方の手のひらでコーヒーカップを包み、その熱を手のひらに伝える。マスターはビールを飲みながら、静かに目を閉じている。
「マスター、わたしこの歌の歌詞を辞書でひいてみたよ」
「そうか」
「うん。切ない歌だった」
その歌はとても孤独な歌だった。でもそれは孤独だからこそ手に入れられる、特別な種類の美しさかもしれないとわたしは思う。生きていくっていうことは、もしかしたらとても孤独なものなのかもしれない。そして人は孤独だからこそ、自分以外のなにかに救いを見いだそうとするのかもしれない。必死に。
「ねえマスター、もうどのくらいこの歌を聴いた?」
「どうだろうな? 100回くらいじゃないか」
「……そっか」
「ねえマスター」
「うん?」
「わたしたちは、どうして生きているんだろうね?」
「どうだろうな?」
「でもね、この歌を聴いていると、孤独だけど、ひとりじゃないって思える」
「ああ。それが歌だ」
「悲しいね」
「ああ」
「どうしてこんなことがおこるんだろう。わたし、須田さんにもういちど会いたかった」
「ひい」
「なあに?」
「須田さんが最後に俺たちのところに来なかった意味を考えろ。その答えは俺たち2人の中にちゃんとあるはずだ」
「ここに来なかった意味…」
「ああ、そうだ」
そう言うとマスターは珈琲を淹れて、カウンターに座っているわたしに差し出してくれる。そしてマスターは自分の分のビールを冷蔵庫から取り出す。
「ねえマスター」
マスターが振り向く。その目はいつもより寂しさを孕んでいる。今までのわたしはたぶんそれに気がつかなかった。でも今のわたしはマスターの目の向こうのかすかな変化を感じている。
「レコードかけてよ。あの、須田さんが好きだったやつ。ビリー・ジョエルの」
「ああ」
「ピアノマン。あのね、マスター、わたしは須田さんがピアノを弾くのを聴いたんだ」
「そうか」
「悲しい演奏だった。ピアノって、なんだろうね」
「ピアノはほかのどの楽器とも違う」
マスターはターンテーブルにレコードをセットしてくれる。ハーモニカが響いてセンチメンタルな前奏が流れ出す。
「ねえマスター」
「須田さんが行った場所は、音楽が聴けるかな?」
「どうだろうな? でもきっとそういう場所があるんじゃないか?」
「そうだといいね」
「ああ」
わたしは両方の手のひらでコーヒーカップを包み、その熱を手のひらに伝える。マスターはビールを飲みながら、静かに目を閉じている。
「マスター、わたしこの歌の歌詞を辞書でひいてみたよ」
「そうか」
「うん。切ない歌だった」
その歌はとても孤独な歌だった。でもそれは孤独だからこそ手に入れられる、特別な種類の美しさかもしれないとわたしは思う。生きていくっていうことは、もしかしたらとても孤独なものなのかもしれない。そして人は孤独だからこそ、自分以外のなにかに救いを見いだそうとするのかもしれない。必死に。
「ねえマスター、もうどのくらいこの歌を聴いた?」
「どうだろうな? 100回くらいじゃないか」
「……そっか」
「ねえマスター」
「うん?」
「わたしたちは、どうして生きているんだろうね?」
「どうだろうな?」
「でもね、この歌を聴いていると、孤独だけど、ひとりじゃないって思える」
「ああ。それが歌だ」