りんどう珈琲丸
「あの、マスターすぐに帰ってくると思います。中で一緒に待ちませんか? わたしはここでアルバイトをしている波岡です。波岡柊」
「いえ、また来ます。ありがとうございます」
「でも、でも高橋さんは東京から来たんですよね? わざわざマスターに会いに」
「はい。でもいいんです。また来ます」
そう言って彼女はわたしに頭を下げると、路地を帰って行く。海への坂道を曲がるときにもういちどお店の方を振り向く。わたしと目が合うと、彼女はもういちどお辞儀をする。わたしもつられて頭を下げる。
わたしはカウンターに戻って英語の予習を再開する。でももう全然集中できない。スーツを着て東京の人ごみの中を歩いているマスターのイメージが頭から離れなくなってしまっている。そしてきっと駅で電車を待っているであろうあの人のことを考える。竹岡駅の、素っ気ない真四角の待合室で。電車は1時間に1本あるかないかだし、東京まではずいぶん時間がかかる。きっと彼女が東京に着くのは、わたしのアルバイトが終わる8時くらいだろう。
そこへちょうどマスターが帰ってくる。
「おかえり。マスター」
「ただいま。誰かお客さん来た?」
「ううん。お客さん誰も来ない。でもね、高橋さんって女の人が来た。マスターに会いに」
冷蔵庫にものを詰めながらマスターは振り返る。
「高橋?」
「うん。高橋さん。きれいな人。マスターが東京で働いているときの後輩だって言ってた」
「そうか」
マスターは特に変わった反応を示さない。振り返るとまた黙々と冷蔵庫に野菜を詰める。
「ねえマスター。高橋さんさっき来たばっかりだよ。ここで待ってませんか?って言ったら、また来ますって帰って行った。まだきっと駅に行けば会えるんじゃないかな?」
「また来るって言ったんだろ? じゃあまた来たときに会えるだろ」
「そうだけど…マスターに用があったんじゃないのかな?」
マスターはそれっきり何も言わない。そのタイミングでお客さんが入ってきて、その会話はなんとなくそこで終わる。でもその日は1日、わたしの頭の中はその人の存在でいっぱいになってしまった。その日の夕方はそれなりに忙しくお客さんが途切れなかったけれど、わたしは忙しく動き回っている間も、ずっと電車に乗って東京に帰って行く彼女のことを考えていた。
「ねえマスター」
「うん?」
「いえ、また来ます。ありがとうございます」
「でも、でも高橋さんは東京から来たんですよね? わざわざマスターに会いに」
「はい。でもいいんです。また来ます」
そう言って彼女はわたしに頭を下げると、路地を帰って行く。海への坂道を曲がるときにもういちどお店の方を振り向く。わたしと目が合うと、彼女はもういちどお辞儀をする。わたしもつられて頭を下げる。
わたしはカウンターに戻って英語の予習を再開する。でももう全然集中できない。スーツを着て東京の人ごみの中を歩いているマスターのイメージが頭から離れなくなってしまっている。そしてきっと駅で電車を待っているであろうあの人のことを考える。竹岡駅の、素っ気ない真四角の待合室で。電車は1時間に1本あるかないかだし、東京まではずいぶん時間がかかる。きっと彼女が東京に着くのは、わたしのアルバイトが終わる8時くらいだろう。
そこへちょうどマスターが帰ってくる。
「おかえり。マスター」
「ただいま。誰かお客さん来た?」
「ううん。お客さん誰も来ない。でもね、高橋さんって女の人が来た。マスターに会いに」
冷蔵庫にものを詰めながらマスターは振り返る。
「高橋?」
「うん。高橋さん。きれいな人。マスターが東京で働いているときの後輩だって言ってた」
「そうか」
マスターは特に変わった反応を示さない。振り返るとまた黙々と冷蔵庫に野菜を詰める。
「ねえマスター。高橋さんさっき来たばっかりだよ。ここで待ってませんか?って言ったら、また来ますって帰って行った。まだきっと駅に行けば会えるんじゃないかな?」
「また来るって言ったんだろ? じゃあまた来たときに会えるだろ」
「そうだけど…マスターに用があったんじゃないのかな?」
マスターはそれっきり何も言わない。そのタイミングでお客さんが入ってきて、その会話はなんとなくそこで終わる。でもその日は1日、わたしの頭の中はその人の存在でいっぱいになってしまった。その日の夕方はそれなりに忙しくお客さんが途切れなかったけれど、わたしは忙しく動き回っている間も、ずっと電車に乗って東京に帰って行く彼女のことを考えていた。
「ねえマスター」
「うん?」