りんどう珈琲丸
美篶さんは背筋を伸ばして待合室の天井を見ながら言う。
「それが、よくわからないのよ」
「よくわからないんですか?」
「うん。どうしてここに来たのか。おかしいよね」
美篶さんはそう言ってわたしを見て少し笑う。わたしにはその笑顔が少しだけ悲しく見える。
「柊ちゃんはいまは高校生?」
「はい。高校2年です」
「そっか」
「美篶さんは、おいくつなんですか?」
「わたし? わたしは30歳。このあいだ30歳になったわ」
会話がそれっきり途切れてしまう。12月にしては暖かな午後で、駅のホームに射す太陽の光が、穏やかな日だまりを作っている。線路の向こうはすぐに絶壁のような山で、その山の方から知らない鳥が鳴く声が聞こえる。
「あの、美篶さんはマスターがいた会社で働いているんですよね?」
「そうよ」
「なんの会社なんですか?」
「胡桃沢さんから聞いていないの?」
「はい。マスターはあんまり自分のことは話しません」
「ふふふ。変わらないのね」
「そうなんですか?」
「うん。昔からずっとそう。わたしは5年間しか一緒に働いてないけどね」
わたしはなんだか少しだけ胸が苦しくなる。どうしてだろう?
「わたしたちの会社はね、企業とか民間の団体の広報のお手伝いをする会社なの。PR会社って呼ばれているわ」
「広報…」
「そう。例えばジュースのメーカーが新しいジュースを作るとするでしょ? それを世の中に宣伝しなくちゃいけないよね。でも自分の会社だけでは、それが十分にできないときがあるでしょ? そのときに雑誌とかテレビとか、いろんな場所に、こんな商品が出ましたよって伝えて、それを広めていく仕事が広報っていうの」
「マスターもその広報の仕事をしていたんですね」
「そうよ」
「そうですか。ぜんぜん知りませんでした」
「わたしは大学を卒業してから、ずっと胡桃沢さんの下で働いていたの。すべてのクライアントには専属の担当がつくんだけど、胡桃沢さんはいつもみんながやりたがらない商品とか、地方の寂れた町とかの広報を選んでやっていたわ」
「やりたがらない仕事……」
「それが、よくわからないのよ」
「よくわからないんですか?」
「うん。どうしてここに来たのか。おかしいよね」
美篶さんはそう言ってわたしを見て少し笑う。わたしにはその笑顔が少しだけ悲しく見える。
「柊ちゃんはいまは高校生?」
「はい。高校2年です」
「そっか」
「美篶さんは、おいくつなんですか?」
「わたし? わたしは30歳。このあいだ30歳になったわ」
会話がそれっきり途切れてしまう。12月にしては暖かな午後で、駅のホームに射す太陽の光が、穏やかな日だまりを作っている。線路の向こうはすぐに絶壁のような山で、その山の方から知らない鳥が鳴く声が聞こえる。
「あの、美篶さんはマスターがいた会社で働いているんですよね?」
「そうよ」
「なんの会社なんですか?」
「胡桃沢さんから聞いていないの?」
「はい。マスターはあんまり自分のことは話しません」
「ふふふ。変わらないのね」
「そうなんですか?」
「うん。昔からずっとそう。わたしは5年間しか一緒に働いてないけどね」
わたしはなんだか少しだけ胸が苦しくなる。どうしてだろう?
「わたしたちの会社はね、企業とか民間の団体の広報のお手伝いをする会社なの。PR会社って呼ばれているわ」
「広報…」
「そう。例えばジュースのメーカーが新しいジュースを作るとするでしょ? それを世の中に宣伝しなくちゃいけないよね。でも自分の会社だけでは、それが十分にできないときがあるでしょ? そのときに雑誌とかテレビとか、いろんな場所に、こんな商品が出ましたよって伝えて、それを広めていく仕事が広報っていうの」
「マスターもその広報の仕事をしていたんですね」
「そうよ」
「そうですか。ぜんぜん知りませんでした」
「わたしは大学を卒業してから、ずっと胡桃沢さんの下で働いていたの。すべてのクライアントには専属の担当がつくんだけど、胡桃沢さんはいつもみんながやりたがらない商品とか、地方の寂れた町とかの広報を選んでやっていたわ」
「やりたがらない仕事……」