りんどう珈琲丸
「そう。広報の仕事はね、いくつ新聞や雑誌に記事が取り上げられるかとか、何回テレビで紹介してもらえるとか、そういう実績が報酬につながるの。だからみんな、これは売れるなっていうモノとかコトの担当になりたがるの。当然よね。でもあの人は違ってた」
「マスターは、マスターはどうしてそういうのを選んでいたんでしょうか?」
「さあ、どうしてかしらね。でもね、今でも胡桃沢さんが担当していたクライアントや自治体は、胡桃沢さんのことをいちばん信頼しているの。新しい担当がついても、みんな胡桃沢さんの話ばかりするのよ。もう3年もたってるのに」
「そうですか…」
わたしはスーツを着て出版社や新聞社になにかの商品を売り込んでいるマスターのことを考える。でもどうしてもうまくそれが頭に浮かばない。マスターはやっぱりマスターだ。でも美篶さんにとってのマスターは、スーツを着てPRの仕事をしているマスターなんだ。うまく言えないけど、そのことが切ない。わたしは今すぐマスターに会いたくなる。
「ねえ美篶さん、今から一緒にりんどう珈琲に行きませんか?」
美篶さんは少しだけ考えて、わたしを見てこう言う。
「柊ちゃん。わたしは次の上り列車で帰るわ。さっきも言ったけど、わたしはどうしてここに来たかよくわからないの」
「そんな。よくわからなくてもいいじゃないですか。マスターはいつも、喫茶店はなにをしてもいいって、みんなが思い思いに過ごせばいい場所なんだって言ってます」
「うん。そうね。…でもやっぱり今日は帰るわ。柊ちゃんとも話せたし。ここに来る理由がわかったら、また来る」
美篶さんはそう言って立ち上がる。そして改札を抜けてホームに歩き出す。わたしはそのあとに続いて改札を抜ける。ちょうど上り列車がやってくる時間だ。遠くの方からかすかな踏切の警報機の音が聞こえてくる。
「あの…マスターに会いたいって、それは理由じゃないんですか?」
わたしは美篶さんに尋ねる。
「どうかしら。それも理由かもね。ねえ柊ちゃん、ここでわたしに会ったことは、内緒にしておいてね」
「わかりました。…あの美篶さん、もしよかったら、メールアドレスを教えていただけませんか?」
「わたしの?」
「はい。そうです。また会いたいんです」
「いいわよ。じゃあアドレスを交換しましょ。高校生とメールできるなんて、なんだか嬉しいわ」
「マスターは、マスターはどうしてそういうのを選んでいたんでしょうか?」
「さあ、どうしてかしらね。でもね、今でも胡桃沢さんが担当していたクライアントや自治体は、胡桃沢さんのことをいちばん信頼しているの。新しい担当がついても、みんな胡桃沢さんの話ばかりするのよ。もう3年もたってるのに」
「そうですか…」
わたしはスーツを着て出版社や新聞社になにかの商品を売り込んでいるマスターのことを考える。でもどうしてもうまくそれが頭に浮かばない。マスターはやっぱりマスターだ。でも美篶さんにとってのマスターは、スーツを着てPRの仕事をしているマスターなんだ。うまく言えないけど、そのことが切ない。わたしは今すぐマスターに会いたくなる。
「ねえ美篶さん、今から一緒にりんどう珈琲に行きませんか?」
美篶さんは少しだけ考えて、わたしを見てこう言う。
「柊ちゃん。わたしは次の上り列車で帰るわ。さっきも言ったけど、わたしはどうしてここに来たかよくわからないの」
「そんな。よくわからなくてもいいじゃないですか。マスターはいつも、喫茶店はなにをしてもいいって、みんなが思い思いに過ごせばいい場所なんだって言ってます」
「うん。そうね。…でもやっぱり今日は帰るわ。柊ちゃんとも話せたし。ここに来る理由がわかったら、また来る」
美篶さんはそう言って立ち上がる。そして改札を抜けてホームに歩き出す。わたしはそのあとに続いて改札を抜ける。ちょうど上り列車がやってくる時間だ。遠くの方からかすかな踏切の警報機の音が聞こえてくる。
「あの…マスターに会いたいって、それは理由じゃないんですか?」
わたしは美篶さんに尋ねる。
「どうかしら。それも理由かもね。ねえ柊ちゃん、ここでわたしに会ったことは、内緒にしておいてね」
「わかりました。…あの美篶さん、もしよかったら、メールアドレスを教えていただけませんか?」
「わたしの?」
「はい。そうです。また会いたいんです」
「いいわよ。じゃあアドレスを交換しましょ。高校生とメールできるなんて、なんだか嬉しいわ」