りんどう珈琲丸
「じゃあどうして、…どうして会いにいかないんですか?」
「ほんとよね。どうしてかしらね」
「美篶さんに恋人がいるからですか?」
「そうね。それもひとつの理由ね」
「恋人がいたら、マスターのことは好きじゃいけないんですか?」
「わたしにはわからないわ」
 
 美篶さんは困ったようにうつむいて微笑む。


「でもね、柊ちゃん。人は強欲なものよ。誰かを好きになったら、きっとその人のすべてが欲しくなってしまうものじゃない? 恋人がいようといまいと、そういうのは理屈じゃ説明できないし、そんなにきれいなだけじゃいられないわ。やっぱりわたしだって愛してほしいもの」

「マスターは美篶さんを愛してくれませんか?」


 わたしは胸がどうしょうもなく苦しくなる。わたしはどうしてこんなことを言っているんだろう。自分が17歳であることが、すごく辛く思えてくる。なんだか涙がこぼれそうだ。でも今は泣いたらいけない。この涙は美篶さんに見せてはいけない涙だ。


「……あの人はね、大切な人を亡くしているの」


 美篶さんはまっすぐにわたしを見つめてそう言う。彼女の急な一言に、わたしは動揺する。
心臓が急に音を立てて動き出したように、わたしの鼓動が早くなるのがわかる。

「亡くしている?」

「…そう」

 美篶さんはそう言ったきり下を向いてしまう。わたしは彼女が泣いているのかと思う。でも彼女は泣いていない。大きなため息のような息を吐いて顔を上げると、彼女は話し出す。

「…ごめんなさい。こんな話をしてしまって。でもあなたは彼のことが好きみたいだから、ちゃんと知っておいた方がいいと思う。あの人はね、恋人を亡くしたの。4年前、彼の恋人だった人は死んだの。自殺だったわ」
「自殺…どうして」
「それはわからないわ」
「そんな…。どうして……」

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