りんどう珈琲丸
「雪のクリスマスなんて、なんだか素敵だね。この町はあんまり雪が降らないのに、今日降るなんてすごい」


 わたしは美篶さんのことを考える。美篶さん、美篶さんはこの雪をどこで見ていますか? 

わたしはふと、竹岡駅に美篶さんがいるかもしれないと思う。竹岡駅のあの四角い待合室で、座って考えている美篶さんの姿を思い浮かべる。もしそこにいたら、彼女はあの四角くて無機質な待合室の中で、四角い入口の外のこの雪を見ているんだろう。お店は暇だから、マスターに頼んだらわたしは竹岡駅まですぐにでも行ける。ここから駅までは走れば5分だ。美篶さんはそこにいるかもしれないし、いないかもしれない。でもわたしは行かない。それはきっと美篶さんが決めることなんだ。邪魔をしたらいけないと思う。わたしは美篶さんにここに来てほしいって頼んだけれど、それはわたしの気持ちであって、美篶さんの気持ちじゃない。マスターは目を細めて雪を見ている。わたしはマスターの横顔を見る。マスターがわたしに気づいてわたしを見る。


「ん? どした?」
「ねえマスター、なにかクリスマスの音楽かけてよ」
「なんだそれ。クリスマスの音楽って」
「クリスマスの歌だよ。雪のクリスマスの夜だよ」


 マスターはレコードの棚を探り、一枚のレコードをターンテーブルに載せる。プチプチと静かなノイズが店内に流れ、やがて鈴の音が響く。クリスマスソング。窓の外は雪が降り続けている。今夜はクリスマスイブだ。
 そのレコードの歌は、竹岡の町よりももっと都会の、例えば東京とか、本で見たニューヨークの街のクリスマスに雪が降っているような、そんな情景が浮かぶ歌だった。


「ねえマスター、これ誰が歌ってるの?」
「ポール・マッカートニーだ」
「ビートルズの人だね」
「ああ」
「素敵な歌だね」
「そうだな」
「ねえマスター、マスターは奇跡を信じる?」
「奇跡?」
「うん。奇跡」
「どうかな。奇跡を信じるには俺はもう年をとりすぎた気がする」
「そんなことないよ。年なんて関係ないよ」
「珍しいなひい。頑固だな」
「そうかな。ふつうだよ」
「なんでそんなこと聞いたんだ?」
「うん。なんかこの曲、奇跡が起こりそうな、みんながなにかを祝福しているような、そんな歌に聞こえる」 
 
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