りんどう珈琲丸
ポール・マッカートニーが奇跡みたいな歌を歌って、そこに美篶さんがやって来てくれたらドラマみたいだったけど、彼女はやってこなかった。そんなわたしに都合のいいように、奇跡なんておこらない。わたしはそれを知っていたんだ。でもわたしはそれでも、奇跡のことを信じたいと思った。奇跡を信じられなかったら、どこにも希望なんてない。
8時になってお店は閉店の時間になった。マスターは外の看板を裏返して、いつもどおり洗いものをしている。わたしはお店のテーブルを拭いて、カウンターを整える。ポール・マッカートニーはもう違う歌を歌っている。
「この雪積もるかな?」
わたしはカウンターを拭きながらマスターに聞く。
「どうかな。この降り方だと、積もるかもな」
「ねえマスター、お願いがあるんだけど」
「どうした?」
「もう8時だけど、今日だけもう少しここにいてもいい?」
「どうして」
「だってクリスマスだもん。クリスマスらしいことしたい」
「わかった。じゃあ家に電話しろ。メシでも作ってやるよ」
「うわあ。やった。すぐ電話するね」
マスターはビールを飲みながら厨房でパスタを作ってくれる。わたしはニンニクをオリーブオイルで炒めるそのいい匂いをかぎながら、窓際のテーブルで頬杖をついて外の雪を見ている。はらはら舞っていた雪は、いつのまにかぼたぼたと空から降ってきていて、路地をうっすらと白く染めていた。明日のこの町はきっと真っ白だ。
りんどう珈琲のはじっこの小さなテーブルで、わたしたちは向かい合ってマスターの作ったパスタを食べる。それはとてもおいしかった。マスターみたいにあたたかかった。
「マスター。おいしい」
「そうか」
「うん」
「…ねえマスター、もうひとつお願いがあるんだけど」
「どうした?」
「あのね、今日みたいに都合よく雪の降るクリスマスなんて、きっとこの先そんなにないよね?」
「そうかもな」
「だから、…だからマスターに今日のクリスマスのことを、おぼえていてほしいの」
「それがお願い?」
「うん」
8時になってお店は閉店の時間になった。マスターは外の看板を裏返して、いつもどおり洗いものをしている。わたしはお店のテーブルを拭いて、カウンターを整える。ポール・マッカートニーはもう違う歌を歌っている。
「この雪積もるかな?」
わたしはカウンターを拭きながらマスターに聞く。
「どうかな。この降り方だと、積もるかもな」
「ねえマスター、お願いがあるんだけど」
「どうした?」
「もう8時だけど、今日だけもう少しここにいてもいい?」
「どうして」
「だってクリスマスだもん。クリスマスらしいことしたい」
「わかった。じゃあ家に電話しろ。メシでも作ってやるよ」
「うわあ。やった。すぐ電話するね」
マスターはビールを飲みながら厨房でパスタを作ってくれる。わたしはニンニクをオリーブオイルで炒めるそのいい匂いをかぎながら、窓際のテーブルで頬杖をついて外の雪を見ている。はらはら舞っていた雪は、いつのまにかぼたぼたと空から降ってきていて、路地をうっすらと白く染めていた。明日のこの町はきっと真っ白だ。
りんどう珈琲のはじっこの小さなテーブルで、わたしたちは向かい合ってマスターの作ったパスタを食べる。それはとてもおいしかった。マスターみたいにあたたかかった。
「マスター。おいしい」
「そうか」
「うん」
「…ねえマスター、もうひとつお願いがあるんだけど」
「どうした?」
「あのね、今日みたいに都合よく雪の降るクリスマスなんて、きっとこの先そんなにないよね?」
「そうかもな」
「だから、…だからマスターに今日のクリスマスのことを、おぼえていてほしいの」
「それがお願い?」
「うん」