りんどう珈琲丸
第5話
わたしの日曜日のアルバイトはお昼からだ。りんどう珈琲の開店は11時で、ランチの準備があるからマスターは10時にはお店にいる。わたしは朝ごはんを食べるとすぐに家を出てお店に向かう。まだ9時を少し過ぎたところだけど。

わたしは日曜日のアルバイトが好きだ。日曜日のお客さんはいつもよりゆったりしていて、みんな笑顔でくつろいでいる。新しい年が明けて、1月ももうすぐおしまいだ。このあいだお正月が来たと思ったのに。毎日はどうしてこんなに早く過ぎてしまうのだろう。まるで誰かが時間のボタンを押して早回しにしているみたいだ。わたしは自転車をこぎながら思う。冬の空気はきりっと澄んでいて、頬をなでる風が冷たい。波のない東京湾の海の向こう岸がはっきり見える。冬もいよいよ本番だ。


 りんどう珈琲の前の路地に入ると、マスターが今日も吉川さんと野球のバットを持って素振りをしている。最近の日曜日の朝、いつもの光景。この路地は車が入れないから、こんなふうにのんびりとした時間が流れている。マスターはいま、毎週日曜日の朝7時から9時まで、町営の野球場での草野球の試合に行っている。お客さんから人数が足りないからと誘われて入ったみたいだけど、よくよく聞くとマスターを入れて9人しかいないチームみたいだ。足りないどころじゃない。
 吉川さんはマスターと一緒の野球チームの人で、日曜日の野球が終わると、ときどきりんどう珈琲にやって来てランチを食べていく。マスターは高校生の頃はサッカーをやっていたみたいだけど、野球はぜんぜんダメみたいだ。だって素人のわたしがマスターのバットの素振りをみても、なんだか決まっていないんだもの。


「吉川さん、おはようございます。マスター今日の試合はどうだったの?」
「あれ? 早くないかひい? もう10時?」
 マスターが言う。お店の外に出してある古い木のスツールに座った吉川さんはわたしを見て少しだけ微笑んで小さく右手をあげる。わたしもその隣のビールのケースに座る。そして吉川さんの横顔を見る。吉川さんはとても物静かな人で、笑顔がとても素敵だった。背が高くて180センチくらいある。今は30歳で、高校のときは本格的に野球をやっていたそうだ。3年生の夏は甲子園の一歩手前、千葉県大会の決勝までいったということを、このあいだマスターから聞いた。
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