りんどう珈琲丸
わたしが聞くと、吉川さんはかすかに笑ってうなずく。吉川さんは、ほとんどしゃべらない。よけいなことを喋らないんじゃなくて、ほとんど喋らないのだ。わたしが知っている人の中で、こんなに声を出さない人は彼以外にいない。でもそれは決して嫌な感じじゃなくて、吉川さんという人のまとっている雰囲気にしっくりと馴染んでいる。
店内に音楽が流れ出して、いつものりんどう珈琲になる。マスターは野菜を洗いはじめる。吉川さんは店の奥のソファに座って持ってきた文庫本を読んでいる。
「ねえマスター、モグワイって誰?」
「スコットランドの変人たちだ」
ニンジンの皮を剥きながらマスターがわたしを見ずに答える。
「変人?」
「ああ」
「こんなに音楽はかっこいいけど、変人なの?」
「いや、ものすごく美しい音楽を作る。こいつらの音楽は時々言葉よりも深いところに何かを届けちまうほど強烈だ。けどマトモじゃこんな美しい音は生まれないんじゃないかなって思ってさ。俺は暫定的にこいつらを変人と思うことにした」
「なんかとってもうるさいのに、とってもきれいだね」
「ああ。本当に美しいものは必ず狂気を内包している」
吉川さんが顔をあげて、わたしと目が合う。そして少しだけうなずく。わかったようなわからないような。でもこの音楽がきれいで美しいことだけはわかる。モグワイ。変な名前。
吉川さんはマスターの作ったランチを食べるとすぐに帰って行く。
「じゃあマスター、また来週の日曜日に」
「ああ。来週こそ1本打つ」
吉川さんはちょっとだけ笑うとドアを出て行く。ドアが開くと、外から冷たい風が入ってくる。冬らしいとてもいい天気だ。
吉川さんが帰ってしまうと、りんどう珈琲にはわたしたち2人だけになる。
「ねえマスター、どうして急に野球をはじめたの?」
「いや、誘われたから行ってみたら、俺を入れて9人だったんだ。抜けられないだろ」
「そうだよね。野球って9人揃わないとどうなっちゃうの?」
「不戦敗だよ。みんなの早起きが無駄になる」
「そっか。じゃあ責任重大だね」
「ああ」
「楽しい?」
「ああ」
「そうなんだ。よかったね」
「でもまだヒットを打ってない」
「吉川さんはヒット打つ?」
「あいつはどんなピッチャーでも3回打席に立てば1回は必ず打つ。下手すると3回打つ」
「へえそうなんだ。すごいね」
「すごい」
店内に音楽が流れ出して、いつものりんどう珈琲になる。マスターは野菜を洗いはじめる。吉川さんは店の奥のソファに座って持ってきた文庫本を読んでいる。
「ねえマスター、モグワイって誰?」
「スコットランドの変人たちだ」
ニンジンの皮を剥きながらマスターがわたしを見ずに答える。
「変人?」
「ああ」
「こんなに音楽はかっこいいけど、変人なの?」
「いや、ものすごく美しい音楽を作る。こいつらの音楽は時々言葉よりも深いところに何かを届けちまうほど強烈だ。けどマトモじゃこんな美しい音は生まれないんじゃないかなって思ってさ。俺は暫定的にこいつらを変人と思うことにした」
「なんかとってもうるさいのに、とってもきれいだね」
「ああ。本当に美しいものは必ず狂気を内包している」
吉川さんが顔をあげて、わたしと目が合う。そして少しだけうなずく。わかったようなわからないような。でもこの音楽がきれいで美しいことだけはわかる。モグワイ。変な名前。
吉川さんはマスターの作ったランチを食べるとすぐに帰って行く。
「じゃあマスター、また来週の日曜日に」
「ああ。来週こそ1本打つ」
吉川さんはちょっとだけ笑うとドアを出て行く。ドアが開くと、外から冷たい風が入ってくる。冬らしいとてもいい天気だ。
吉川さんが帰ってしまうと、りんどう珈琲にはわたしたち2人だけになる。
「ねえマスター、どうして急に野球をはじめたの?」
「いや、誘われたから行ってみたら、俺を入れて9人だったんだ。抜けられないだろ」
「そうだよね。野球って9人揃わないとどうなっちゃうの?」
「不戦敗だよ。みんなの早起きが無駄になる」
「そっか。じゃあ責任重大だね」
「ああ」
「楽しい?」
「ああ」
「そうなんだ。よかったね」
「でもまだヒットを打ってない」
「吉川さんはヒット打つ?」
「あいつはどんなピッチャーでも3回打席に立てば1回は必ず打つ。下手すると3回打つ」
「へえそうなんだ。すごいね」
「すごい」