りんどう珈琲丸
「俺にもわかんねーんだけど、高校を卒業してあいつは東京の大学に行ったんだよ。野球は高校で辞めたみたいなんだよね。確かいい大学に行った。文学部って言ってたな。それでそのまま東京で就職したんだ。でも3年前くらいかな、突然会社を辞めてこの町に帰ってきた。それで仕事もしないでずっと家に籠ってたんだよ。俺はあいつの親とも親しいんだ。昼間は絶対に部屋から出ないで、部屋でずっと本を読んでたんだってよ。でも世間一般で言うひきこもりとは違うんだよ。メシだけはちゃんと家族と食うし、少しは会話もするんだってよ。でも外にはほとんど出なかったらしいよ」
わたしは吉川さんのやさしい笑った顔を思い出す。それから1回だけ振った吉川さんのバットが空気をきったあのすごい音も。
「そうなんですね…」
「…でも、あいつは自分で出てきたんですよね」
さっきまでずっと黙っていたマスターが言う。
「ああ。そうだよ。昔みたいにはまだ戻ってないけど、自分で出てきたんだ。2年間ずっと部屋に籠ってて、みんなが少し諦めかけてたときに、自分で出てきて、コンビニで深夜のバイトをはじめたんだ。俺が久しぶりにコンビニで会ったときは別人みたいな顔になってたな。昔の明るさみたいなものがぜんぶなくなっちまってた。でも今は少しずつだけど笑うようになったよな」
「いまもコンビニで働いてるんですか?」
わたしは尋ねる。
「いや、今は俺の会社で働いてるんだよ。会社っても隣の町の自動車整備工場。下村モーターズだけどね。俺の部下」
「話すようになった?」
山下さんがマスターのつまみを口に運びながら聞く。
「いや、ほとんど挨拶以外は。でも笑うようにはなったよ。いいやつなんだよ、あいつは。いいやつすぎるんだ。都会にいるよりこの町にいた方がいいんだよ」
下村さんはそう言ってまたビールのグラスをあける。
ステレオからはずっとモグワイって人たちが美しい音楽を鳴らし続けている。ギターとピアノの音がきれいに混ざりあってる。窓の外は相変わらず冬の午後のぴりっとした空気が目に見えるようだ。そしてみんながそれぞれに吉川さんのことを考えていた。
「でもさ」
山下さんが静寂を破る。
「なんであいつはマスターには口を聞くのかな? マスターあいつになにかした?」
わたしは吉川さんのやさしい笑った顔を思い出す。それから1回だけ振った吉川さんのバットが空気をきったあのすごい音も。
「そうなんですね…」
「…でも、あいつは自分で出てきたんですよね」
さっきまでずっと黙っていたマスターが言う。
「ああ。そうだよ。昔みたいにはまだ戻ってないけど、自分で出てきたんだ。2年間ずっと部屋に籠ってて、みんなが少し諦めかけてたときに、自分で出てきて、コンビニで深夜のバイトをはじめたんだ。俺が久しぶりにコンビニで会ったときは別人みたいな顔になってたな。昔の明るさみたいなものがぜんぶなくなっちまってた。でも今は少しずつだけど笑うようになったよな」
「いまもコンビニで働いてるんですか?」
わたしは尋ねる。
「いや、今は俺の会社で働いてるんだよ。会社っても隣の町の自動車整備工場。下村モーターズだけどね。俺の部下」
「話すようになった?」
山下さんがマスターのつまみを口に運びながら聞く。
「いや、ほとんど挨拶以外は。でも笑うようにはなったよ。いいやつなんだよ、あいつは。いいやつすぎるんだ。都会にいるよりこの町にいた方がいいんだよ」
下村さんはそう言ってまたビールのグラスをあける。
ステレオからはずっとモグワイって人たちが美しい音楽を鳴らし続けている。ギターとピアノの音がきれいに混ざりあってる。窓の外は相変わらず冬の午後のぴりっとした空気が目に見えるようだ。そしてみんながそれぞれに吉川さんのことを考えていた。
「でもさ」
山下さんが静寂を破る。
「なんであいつはマスターには口を聞くのかな? マスターあいつになにかした?」