りんどう珈琲丸
「あの、あの、アルバイトの帰りです。わたし、ときどきここで寄り道して帰るんです。でもごめんなさい。邪魔しちゃいました。帰ります」
「邪魔なんてしてないよ。大丈夫」
「いつもこんな風に野球の練習してるんですね」
吉川さんはそれには答えずに少しだけ笑う。そしてそばにあるベンチに座る。わたしは正面のブランコに腰掛ける。
「……マスターは吉川さんは野球がとっても上手だって言ってました」
吉川さんはそれにも答えずに顔を上げてわたしのことをみて少しだけ笑う。風が吹いて冬の夜の匂いがする。
「吉川さん、そのバットちょっと振ってみてもいいですか?」
吉川さんはやっぱり笑ってうなづく。わたしは立ち上がってベンチに立てかけてある吉川さんのバットを持ってみる。それは想像していたよりもずっと重い。そしてそれをスイングしてみる。それは本当に重くて、振ると体がよろよろした。
吉川さんが立ち上がってわたしからバットを受け取る。そして1回振ってみせてくれる。それはりんどう珈琲で聞いたときよりも数倍圧倒的な音で夜の空気を切り裂く。少し怖いくらいに。
このままわたしが吉川さんと話していたら練習の邪魔だし、吉川さんの汗がひいて、風邪をひいてしまうかもしれない。わたしはそう思う。
「吉川さん、練習の邪魔しちゃいました。帰りますね」
「おやすみ、柊ちゃん」
「おやすみなさい。吉川さん、来週、野球観に行きますね」
わたしは自転車にまたがって、国道への道を走り出す。竹岡の町の夜道は真っ暗で、冬はその闇が一段深くなっている。
お風呂に入って部屋のベッドに横たわって天井を見ながら、わたしはやっぱり吉川さんのことを考えている。海で聞いた吉川さんが本気でバットを振ったときの音が耳から離れない。それは本当にすごい音だったんだ。窓の外は夜の闇の気配が、部屋に染み込んでくるような夜だった。わたしはベッドに寝転んだままYouTubeでモグワイを検索して、適当に曲を選ぶ。その音楽からは、世界の美しさと、そうじゃない場所の気配がする。わたしはそれを聴きながら、吉川さんが見ている世界のことを考える。吉川さんはこうやって自分の部屋にずっと閉じこもって、どんな世界を見ていたのだろう。
「邪魔なんてしてないよ。大丈夫」
「いつもこんな風に野球の練習してるんですね」
吉川さんはそれには答えずに少しだけ笑う。そしてそばにあるベンチに座る。わたしは正面のブランコに腰掛ける。
「……マスターは吉川さんは野球がとっても上手だって言ってました」
吉川さんはそれにも答えずに顔を上げてわたしのことをみて少しだけ笑う。風が吹いて冬の夜の匂いがする。
「吉川さん、そのバットちょっと振ってみてもいいですか?」
吉川さんはやっぱり笑ってうなづく。わたしは立ち上がってベンチに立てかけてある吉川さんのバットを持ってみる。それは想像していたよりもずっと重い。そしてそれをスイングしてみる。それは本当に重くて、振ると体がよろよろした。
吉川さんが立ち上がってわたしからバットを受け取る。そして1回振ってみせてくれる。それはりんどう珈琲で聞いたときよりも数倍圧倒的な音で夜の空気を切り裂く。少し怖いくらいに。
このままわたしが吉川さんと話していたら練習の邪魔だし、吉川さんの汗がひいて、風邪をひいてしまうかもしれない。わたしはそう思う。
「吉川さん、練習の邪魔しちゃいました。帰りますね」
「おやすみ、柊ちゃん」
「おやすみなさい。吉川さん、来週、野球観に行きますね」
わたしは自転車にまたがって、国道への道を走り出す。竹岡の町の夜道は真っ暗で、冬はその闇が一段深くなっている。
お風呂に入って部屋のベッドに横たわって天井を見ながら、わたしはやっぱり吉川さんのことを考えている。海で聞いた吉川さんが本気でバットを振ったときの音が耳から離れない。それは本当にすごい音だったんだ。窓の外は夜の闇の気配が、部屋に染み込んでくるような夜だった。わたしはベッドに寝転んだままYouTubeでモグワイを検索して、適当に曲を選ぶ。その音楽からは、世界の美しさと、そうじゃない場所の気配がする。わたしはそれを聴きながら、吉川さんが見ている世界のことを考える。吉川さんはこうやって自分の部屋にずっと閉じこもって、どんな世界を見ていたのだろう。