りんどう珈琲丸
誰もが息をのんで一言も口を聞けなかった。みんなが呆然とそのボールの行方を追いかけた。それは本当に美しい弾道だった。わたしはたくさん野球を観たことがあるわけではないけれど、吉川さんが今打った打球は、そういうことを超えた美しい打球だった。
ほんの少しの静寂のあと、ベンチが一気に爆発する。みんな大喜びでホームベースに駆け寄る。吉川さんは表情を変えずに、淡々とベースを1周している。1塁にいたマスターが最初にホームに帰ってきて、みんなにもみくちゃにされている。そしてその後に続いた吉川さんはホームベースを踏む前に、チームのみんなに向かってほんの少しだけ表情を崩して笑った。ガッツポーズも、雄叫びもない、派手なホームランのあとの地味なホームインだ。その笑顔はチームのみんなの手荒い祝福の中に消えた。
わたしはそれをベンチに座ってじっと見ていた。マスターも吉川さんの頭をポンポンとたたいている。みんなにもみくちゃにされた吉川さんがベンチに戻ってくる。そしてわたしを見るとまた少しだけ笑う。
わたしも吉川さんに向かって両手でガッツポーズする。
結局試合は7回の最終回に、マスターのチームのピッチャーが打たれて3点を取られて、4対2で負けてしまった。マスターのチームは、今日も勝てなかった。みんな日曜日に早起きして大会に来たけれど、1回戦負けだ。それでも悲しい顔をしている人は1人もいなかった。わたしもそれを見ると、ぜんぜん悔しい気持ちがわいてこないから不思議だった。負けてもこんな気持ちになれるなら、毎週集まって野球するのも悪くないなって思った。みんな後片付けをしながら、このあとの打ち上げの話を楽しそうにしている。まだ朝の9時過ぎだ。
吉川さんは下村さんに強引に打ち上げに連れて行かれてしまった。全員が帰って行ったあとの駐車場で、わたしとマスターだけが残った。今日もお店は11時からだからわたしたちは打ち上げには行けないけれど、そのぶん慌てて帰ることもない。球場の中では、もう次の試合が始まろうとしていた。
「ねえマスター、吉川さんのホームラン、すごかったね」
「ああ」
「それとさ、マスターもヒット打ったね」
「はは。吉川のインパクトに完全に消えた俺の初ヒット」
「そうかもね」
「ねえマスター、あれってポテンヒット?」
ほんの少しの静寂のあと、ベンチが一気に爆発する。みんな大喜びでホームベースに駆け寄る。吉川さんは表情を変えずに、淡々とベースを1周している。1塁にいたマスターが最初にホームに帰ってきて、みんなにもみくちゃにされている。そしてその後に続いた吉川さんはホームベースを踏む前に、チームのみんなに向かってほんの少しだけ表情を崩して笑った。ガッツポーズも、雄叫びもない、派手なホームランのあとの地味なホームインだ。その笑顔はチームのみんなの手荒い祝福の中に消えた。
わたしはそれをベンチに座ってじっと見ていた。マスターも吉川さんの頭をポンポンとたたいている。みんなにもみくちゃにされた吉川さんがベンチに戻ってくる。そしてわたしを見るとまた少しだけ笑う。
わたしも吉川さんに向かって両手でガッツポーズする。
結局試合は7回の最終回に、マスターのチームのピッチャーが打たれて3点を取られて、4対2で負けてしまった。マスターのチームは、今日も勝てなかった。みんな日曜日に早起きして大会に来たけれど、1回戦負けだ。それでも悲しい顔をしている人は1人もいなかった。わたしもそれを見ると、ぜんぜん悔しい気持ちがわいてこないから不思議だった。負けてもこんな気持ちになれるなら、毎週集まって野球するのも悪くないなって思った。みんな後片付けをしながら、このあとの打ち上げの話を楽しそうにしている。まだ朝の9時過ぎだ。
吉川さんは下村さんに強引に打ち上げに連れて行かれてしまった。全員が帰って行ったあとの駐車場で、わたしとマスターだけが残った。今日もお店は11時からだからわたしたちは打ち上げには行けないけれど、そのぶん慌てて帰ることもない。球場の中では、もう次の試合が始まろうとしていた。
「ねえマスター、吉川さんのホームラン、すごかったね」
「ああ」
「それとさ、マスターもヒット打ったね」
「はは。吉川のインパクトに完全に消えた俺の初ヒット」
「そうかもね」
「ねえマスター、あれってポテンヒット?」