天使の贈り物 


この温もりは、
俺たちの時間を優しく包み込んでくれる。



それから暫くも、
いつもと変わらない時間が続いたある日、
成実が倒れた。


運ばれた翔琉の病院で知らされた現実は、
嬉しいけど複雑なもので、
成実のお腹の中に、晴貴のガキが居ることだった。

あのバカは、妊娠に気が付くことなく
悪阻に苦しむこともなく
自らも気付くことなくお腹の中で
ガキを育んでいたらしい。

あんなに近くに居たのに、
俺たちすら誰一人、
ガキの存在に気が付いてやれなかった。

晴貴の忘れ形見。


臨月、出産。



突然、目の前に突き付けられた現実は
成実を不安にさせていくものの、
そんな成実に寄り添う形で、
煌太は自身の想いを貫いた。



煌太の煌【こう】と、晴貴の貴【き】を取って
煌貴と名付けられたガキは、
成実と煌太によって育てられることになった。




煌貴が生まれてからも、
俺たちの間に流れる時間は
何時もと同じだった。




震災から一年。
祈りと鎮魂の祭典。

プレギエーラのCMがTVで流れ始め、
訪れた約束の日。


待ち合わせ場所で合流して、
愛車で向かう峠道。




一年ぶりに悠生の喫茶を越えて
向こう側の町へと足を踏み入れた。


坂道を下ってあの頃とは違う
景色が目を捉える度に、
チクリと痛む心。

車内には沈黙が広がる。

何も言葉を発せずに、
俺は駅前の駐車場へと車を預けた。


その後は見慣れない景色を辿りながら
それぞれが懐かしい目印を視界にとめる度に
立ち止まった。

そんなことを繰り返しながら、
商店街を抜けて、俺はある場所を目指す。



商店街の途中に、アンティークショップを目印に、
細い路地へと入る。

そこに視界に入ってきたのは、
無残な姿を見せる小さな建物。


「行く?」


彩巴が俺の手を握りしめる。

何も答えることが出来ないまま
俺は、その場所へと近づいていった。

壊れた建物の前。
俺は座り込んで、あの日皆で夢を託した
煉瓦を見つめる。


「どうかしたの?」



彩巴が心配する声も、
溢れてくる想い出の時間の前には、
何を返事することも出来なかった。


ただ煉瓦の上に、涙の滴が零れ落ちる。


「この場所が俺たちの夢の始まりだった。

 この煉瓦には、
 皆の夢が詰まってたんだ。

 希望がさ。

 雨風にさらされて、もう読みづらくなっちまってるけど
 確かにここには、夢が詰まってた」
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