天使の贈り物 


「どうかしたの?」


そーすけさんが、触れた指先の向こうには
階段へと続く入口の床に敷き詰められた煉瓦。

その煉瓦の一つに、触れてる。




何か文字が書かれてた?



すでに文字なんて読めないんだけど、
文字が書いてあったのかも知れないと
匂わせるように、
ところどころそれらしい黒い後が見えた。




煉瓦の上に……滴が落ちる。



その一枚の上に広がって滲んだものが、
そーすけさんの涙だと気が付くのに
時間なんてかからない。


思わず彼の背に手を添えて、
ゆっくりと背後からさすっていく。


落ち着いたらしい、そーすけさんが
静かに口を開いたのは……
その後、暫くして。



この場所で、
そーすけさんたちは音楽を楽しんで
いつもLIVEをしてた。


そして……この煉瓦は、
夢を叶える祈願の煉瓦。



ミュージシャンになる。

そう言って決意して、
このLIVEハウスにデモテープを持ち込んで
初めてステージに立った日。

このLIVEハウスのオーナーが
その煉瓦を手渡したらしい。


『夢を叶えろ。

 お前たちのサインを書け。
 夢をかけ。

 お前たちがメジャーに出たとき、
 俺は、これを見せて自慢してやる』


そう言って託された煉瓦に、
そーすけさんたちは、
それぞれの想いを込めて
慣れないサインをした。


Dreamの文字を添えて……。



その煉瓦に、
私もゆっくりと手を伸ばす。



少しだけ……、
私の知らない、
そーすけさんを知ることが出来た喜びが
今は大きかった。



今は閉ざされた、この階段の向こう側。

そこにあるステージで、
そーすけさんたちは、
ライトをあびて演奏してたんだ。



あの日、あの地震がなければ……
今も、そーすけさんは私にとって、
遠い人だったのかも知れない。



そんな夢の原点でもある想い出の場所をすぎて、
次に向かったのは、電車で移動した先。


そこに立ち並ぶ墓地。



次に、そーすけさんが向かったのは
親友・晴貴さんのお墓。

成実の元彼で、
生まれてきた子の本当のお父さん。




灰色の墓石の前、
座り込んで、
そーすけさんは手をあわせる。


お墓は今も毎日、誰かが来てるのか
綺麗に掃除されてた。


そんな隣で、
私もゆっくりと手をあわせる。


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