春に想われ 秋を愛した夏
なんだか冗談で笑い飛ばせないような空気が漂って戸惑っていると、丁度エレベーターが一階に着きドアが開いた。
ドアの外では、このビルの中にいくつもあるお店へ行こうとしている人たちが、エレベーター待ちで幾人か立っていた。
その人たちの視線が箱の中にいた私たち二人に一気に集まり、居た堪れなくなって急いでエレベーターを降りる。
夜の街に出ると、まだまだ宵の口というように人の往来は明るく賑わっていた。
「飲みなおす?」
春斗に提案されたけれど、エレベーターの中で感じた雰囲気に今日はなんだかおとなしく帰ったほうがいいような気がした。
春斗が酔っているせいかもしれないけれど、今日の彼はなんだかいつもと違いすぎる。
あんな瞳で春斗に見られたら、心が落ち着きをなくしてしまうよ。
首を横に振り残念そうな顔をされてしまうと、ちょっとくらい付き合ってもよかったかな。
なんて言う思いが少しだけわいてきた。
僅かな後悔をしつつも、頭の隅を過ぎる秋斗の顔と春斗が重なる。
そんな風に二人を見比べてしまうような自分が嫌で、やっぱり真っ直ぐ帰ったほうがいいと大通りへ向かって歩き出す。
通りでタクシーを捕まえ、来たときと同じように二人で乗り込んだ。
「帰る方角が一緒だと、タクシーも便利だね」
エレベーターの中で感じた甘いような雰囲気になるのをなんとなく避けたくて明るく言って見せると、春斗はそうだね。と私とは対照的に静かに答えた。
なんだかそれが、さっきの雰囲気に戻したい。とでも言うように感じられて、意味もなく膝に置いたバッグを抱えなおしてみたりする。