春に想われ 秋を愛した夏
「久しぶりにこんな時間まで残業したかも」
独り言を呟いて腕時計を見ると、二一時を回っていた。
新井君にはちょっと残業なんていったけれど、もうこんな時間だ。
依頼してきた、当の課長の姿は既にない。
どうなってんだ。
嘆息したあとに、んーーっ。と両手を天井へ突き上げて伸びをし、誰もいなくなったフロアで、自分におつかれー。と言って一階へと降りる。
昼間とは違って、人通りのほぼないビル内は、不思議なほどの静けさだ。
煌々と灯るエントランスの明かりだけが不自然なほどに明るく、カツカツと鳴るヒールの音がやけに響いた。
警備員さんに挨拶をして外に出ると、夜の気温は大分落着いてきていて、過ごし易くなってきていた。
そうだ。
春斗、そろそろ仕事が終わる時間じゃないのかな?
腕時計を見て、多分あと二時間ほどで終わるはずと勝手に計算し、メールを入れてみる。
【 少し逢いたいな 】
自分にしては、随分と可愛らしく素直な一言だと思う。
こんな風に自分の気持ちを言えるのは、きっと春斗が相手だからだろう、と穏やかに微笑む顔を思いだし自然に頬が緩んでいった。
駅に向かって少し歩いたところで、春斗からの返信が来た。
【 仕事が終わったらマンションに寄るよ 】
春斗からの返信メールに嬉しくなり、残業の疲れも吹き飛ぶようだった。