春に想われ 秋を愛した夏
「なんで……!?」
こんな時間に居るはずがないと高をくくってきたというのに、なんだか罠にでも嵌められた気分だ。
「香夏子こそ。わざわざこんなところまで買いに来たのか?」
秋斗は、私が眺めていた辺りの棚をなんとなく見てから向き直る。
驚きに飛び跳ねた心臓がまだ落着かなくて、私は何も応えられないでいた。
「もしかして、今まで残業だったのか? これから帰るとこか?」
動揺したままの私は、訊かれるままにただ頷いた。
「じゃあ、途中まで一緒に帰るか」
当たり前のように言われ、疑問を感じる余裕もなく秋斗に続いて店を出る。
少し歩いて驚きすぎて騒いでいた心臓が落着いてきたころになって、どうして一緒に帰らなきゃいけないのか。と今更ながら理不尽さに襲われた。
だいたい、いつもそうだけれど。
どうして何もなかったような顔で、私に近づいてくるんだろう。
あんな風に目の前から逃げられたんだから、避けられてるとは感じないのだろうか。
「そういえば。なんか買うんじゃなかったのか?」
私の思考を邪魔するように、隣を歩く秋斗が訊ねる。
訊かれて初めて、春斗のためにコーヒーを買おうとしていたことを思い出した。
けれど、駅は既に目の前。
改札を抜ければ直ぐにホームだ。
この状況で何故だかもう一度コーヒーショップへと戻る気にはなれず、首を横に振った。
そのまま改札を抜け、私たちは滑り込んできた電車に乗りこんだ。
「電車、同じ方向なんだな」
秋斗は、知らなかった、と小さく漏らし、空いた席へ私を座らせた。
「秋斗こそ。コーヒー飲むんじゃなかったの?」
目も合わせず、目の前に立つ秋斗へ問うと、帰ってビールでも飲むよ。と少しの笑い声を上げた。
そのあとは、特に会話もないまま数駅が過ぎていった。