春に想われ 秋を愛した夏
「前に……。って言っても、六月だったから、もう随分と経つけど。ここからちょっと先のコンビニ辺りで、夜に香夏子を見掛けた気がしたんだ。俺、その時結構酔っ払ってて。幻覚かと思ってさ」
そういって、隣を歩く秋斗は苦笑いを零す。
秋斗が酔っ払うなんて、珍しいこともあるのね。
皮肉に思い、俯きながら苦笑いを零した。
「けど、こんなに近所なら、あれは幻覚じゃなかったのかもな……」
誰にともなくという風に呟く秋斗。
あの夜、私が見かけたのは、やっぱり秋斗だったんだ。
声をかけても何の反応も示さずに踵を返した背中を見て、私は寂しさを感じていた。
秋斗は秋斗で、私がまさかこんな場所にいるはずがない、と思っていたらしい。
「それ。幻覚じゃないよ」
ぼそり零して私は歩を止めた。
「あの時、私。秋斗って呼んだもん……」
子供みたいな拗ねた言い方をしていると思っても、秋斗の前ではどうしてかこうなってしまう。
「え……。あ、やっぱ香夏子だったんだ。ごめん。呼ばれたのは、聞こえてなかった」
その言葉を聞いて、なんだか笑えて来た。
私なんて、所詮この程度の存在なんだよね。
秋斗にとって、現実か幻かの区別もつかない程度の相手。
私がどんなに想ったところで、少しも秋斗には届かない。
悲しいけれど、それが現実。