春に想われ 秋を愛した夏
俯きながらマンションを目指していると、エントランス前では待ち構えていたように秋斗が立っていた。
また来るとは言っていたけれど、昨日の今日で油断していた私は息を飲む。
「なにしに……来たの……」
ドクンと正直に反応した心臓に嘘をつき、突き放すような言葉を投げかける。
私の問いかけに黙っている秋斗から視線をそらし、避けるようにエントランスへ踏み込もうと横をすり抜けようとすると遮るように秋斗が言った。
「香夏子に逢いに来た」
愛の言葉だと勘違いしてしまいそうなセリフを、易々と口にするその顔をキッと睨みつけた。
人の気持ちを弄ぶような言葉と態度に、ふざけないで。と怒りがこみ上げてくる。
そんな言葉、簡単に言わないでよ。
どうしてそんな言葉を平気で私に言えるの?
「逢いに来た」
なのに、繰り返される言葉がその怒りを別の感情へと変化させようとする。
感情がかき乱されて、どんな顔をしていいのか判らなくなる。
言葉もないまま互いの目を見合い、距離を縮めることもない。
お互いの胸の内を探るような時間が過ぎていく。
昔からそうだった。
秋斗は色んな女友達とあちこちでかけては、楽しそうにそのことを私に話していた。
そんな話を聞かされている私の気持などまったく考えもせずに、今度は香夏子も連れて行ってやるよ。なんて軽い口約束を投げつける。
それはあまりにも軽すぎて、実現したためしなんか一度もなかった。
なのに、私はいつだってその口約束を心待ちにして、バカを見る。
口先だけだと解っている秋斗という男の言葉に、今度こそはと期待を抱いてしまうんだ。
そんな期待をするのが悪いんだ。
信じる私がいけないんだ。
そう、信じちゃいけないんだ。
いつだって、信じて傷つくのは自分なのだから。
あんなこと、秋斗にしてみればただの挨拶でしかない。