春に想われ 秋を愛した夏
私は買ったカモミールの茶葉を袋から取り出して、キッチンへと持って行く。
四角い缶に入った茶葉のまあるい蓋を、缶切で押し上げて開けると一瞬でいい香りが漂った。
「凄く優しい香り。気持ちが穏やかになっていく」
目を瞑って香りを堪能していると、秋斗も鼻を寄せてきた。
「確かに、いい匂いはする」
けど、紅茶のことなんかよくわかんねぇよ。と面倒くさそうに付け足した。
だったら、どうしてわざわざ私を連れてきたの? と訊きそうになってから、ついてきたのは自分だ。ということに言葉を見失った。
食器棚の奥に、奇跡的にあった急須へ茶葉を入れ、沸いたお湯を注ぐ。
「なんか、ティーポットじゃないと、雰囲気が台無し」
文句を言いながら小さなテーブルに置くと、急須があるだけよかっただろ。と言い返されて。
確かに、ここまで来て紅茶を飲むに至らないとなると、どうしていいものやら困ってしまう。
秋斗は、前に母さんが勝手に商店街で買ってきて置いていったんだ。と急須がある経緯を漏らした。
その急須から、飾り気のないシンプルなマグカップにカモミールを注ぐと、りんごのような香りが漂ってきた。
「飲むって言うより、食うって感じの匂いだな」
「だから。台無しだってば」
呆れて溜息をつくと、不意に唇が触れた。
突然のキスに驚いて、危なく熱々のカモミールを零すところだった。
そして、カモミールの危うさに驚いたのは、私よりも秋斗だ。
「あぶねっ」
私の動揺には一切気にも留めず、零れそうになった紅茶の心配をしている。
「なんでっ!?」
突然のキスに動揺して暴れる心臓を押さえつけながらようやくそう口にすると、したいから。とシンプルな一言を告げられた。
「し、したいからって。バカ?」
呆れたように言うと、そうかもな。なんて笑っている。
笑うところなの?
バクバクと五月蝿く鳴っている心臓辺りに手をやり、憮然とした顔つきで飄々とした顔をしている秋斗を見ていると、何? と逆に見返されて何も言えなくなる。