春に想われ 秋を愛した夏
キスなんて、秋斗にしてみれば挨拶程度のものなのだろうけど、私にしてみればそんなことでは済まされない。
まして、相手が秋斗となればなおさらだ。
秋斗は、どうして平然としていられるのだろう?
思わず眉間に皺が寄る。
「何、その顔。ぶさいくじゃん」
人の顔へ指を差し、クツクツと可笑しそうに笑っている。
「ぶ、ぶさいくって。失礼なっ!」
言い返して怒ると、嘘、なんて優しい声で囁かれてまた心臓が騒ぎ出す。
やめてよ。
そんな優しい顔するの。
反則だよ。
グラグラと音を立てる感情が、危険信号を明滅させている。
点いたり消えたりする赤いランプが脳内でチカチカとし始めた時、初めてこんなところにいちゃいけないと気がついた。
そうだよ。
寂しそうな顔を見せつけられて、私ってば昔の感情に振り回されているだけじゃない。
しっかりしなさいよ。
もう一度、ちゃんと春斗がいるってことを秋斗に話して、距離をとるべきでしょ。
「腹、へらねぇか?」
私の動揺などお構いなしに、テーブルに置かれたままの惣菜袋へ手を伸ばす。
「本当はさ、紅茶買ったら近くの洋食屋にでも連れて行ってやろうと思ってたんだけど」
秋斗は、ガサガサと袋を鳴らし、中から惣菜を取り出す。
「まぁ、でも。ここの惣菜も結構うまいからな」
皿、要るよな? と独り言のように漏らした秋斗が立ち上がり、またキッチンへと消える。
私は、その背中を追うように声をかけた。