春に想われ 秋を愛した夏
十月半ばのブルー




 ―――― 十月半ばのブルー ――――




秋斗とのことがあって以来、私は春斗の忙しさに胸を撫で下ろしていた。
秋斗の言うとおり、のこのこと家にまで上がり込んだ私が、どんな顔をして春斗に会えるというのか。
私はきっと、春斗の目を見られないだろう。
あの純粋で真っ直ぐな優しい瞳を、見ることなんてできない。

反面、秋斗に少しでも傾いてしまった自分を棚に上げて、心の中を全て春斗で埋めて欲しいと身勝手なことを思っていた。
秋斗のことなんて微塵も頭に浮かばないほどに、愛して欲しいと思っていたんだ。

ベッドの上で蹲り、考えることを拒否したようにぼんやりと過ごすことが多くなっていた。
会社に行けば、春斗に逢えない分、秋斗のことを考えたくなくて、ただ無心にPC画面とにらみ合いキーボードを打っていた。
そうしていれば、仕事のこと以外何も考えないで済むと思った。
少しでも秋斗のことを考えてしまえば、心が壊れてしまいそうで恐かったから、秋斗と関係のない会社という場所だけが救いのように感じてもいた。

ただの現実逃避だ。

会社では、課長に頼まれた仕事を淡々とこなしていった。
ありがたいことに、課長はいつもに増して私へと仕事を回してくれた。
無駄口なんて叩く暇もないくらいの仕事量を、こんなにもありがたいと感じることはないだろう。

「おい。大丈夫か?」

カタカタと無心にキーボードを打つ私の隣で、新井君が不安そうな顔つきで訊ねてくる。

「何が?」

無感情で無表情の私が訊き返すと、何か訊きたそうな顔つきをしたあとに、無理すんな。と気遣われる。
そういう優しさに弱い心が一瞬泣きそうになったけれど、グッと堪えて無表情を装った。
仮面をかぶったように平気なふりをしていないと、止め処なく涙が溢れてしまいそうだから。

ミサからのランチの誘いも毎日断り、お昼はただぼんやりと一人の時間を過ごしていた。
社食の隅っこに腰掛けて、窓の外に広がる小さく見える人や車を眺めながら、時々飲み物を口にするだけだった。


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