春に想われ 秋を愛した夏


「入梅したんだっけ?」

ほろ酔いかげんで店を出て、マンションへ向かいながら塔子が夜空を見上げる。
湿気を含んだ夜風が体に纏わりついてきて、余り気分はよくない。

「雨降りって、足元が濡れるのが嫌なのよね」

塔子のすっと伸びた足には、綺麗に手入れをされたパンプスが存在感を主張している。

塔子は靴が大好きで、一週間同じ靴は絶対に履いたりしない。
下手すると、一ヶ月いつも違うヒールを履いているんじゃないかと思うほどだ。

毎日会うわけじゃないから実際はどうかわからないけれど。
塔子の家に行くと、綺麗に手入れされた靴たちが、シューズボックスにたくさん収まっていて、靴だけで部屋のスペースが随分と占領されている。

一足頂戴よ。

前に冗談で言ったら、全部気に入ってるから駄目。と即答されたっけ。
靴は、塔子のこだわりだ。

特に拘っている、と声高に言えるようなものがない私には、そんな塔子が羨ましく感じていた。

「春斗君とは、会わないの?」
「うーん。あれ以来、私は連絡先も変えちゃったしね」

突然音信普通にするような女となんか、今更逢いたくもないだろう。

「春斗の連絡先も、もう分からないし」
「私は、まだ登録されてるよ」

「え?」
「連絡した事は、ないけど」

そう言って、苦笑いを浮かべながら塔子が肩をすくめる。

「なんなら、春斗君の番号。教えよっか? 変わってなければつながるはず」
「えぇー。今更どんな顔してかけられるって言うのよ」

こーんな顔。と塔子はふざけて変顔をしてみせる。
大の大人がする顔じゃない。
ユーチューブに乗せたら、視聴回数は凄いかも。


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