春に想われ 秋を愛した夏
静かに流れていた音楽は一曲目を終え、二曲目になっても二人の間に弾む会話は見つからない。
結局、重苦しい空気を変えることができないままだ。
泣けてくるくらいの沈黙が続いて、目を逸らしそうになった時。
春斗が私を呼んだ。
「香夏子」
春斗はゆっくりとそばに来ると、ソファにいる私の隣に座り手に手を重ねる。
そうして、しばらく私の目をじっと見つめる。
その表情は苦しそうでもあり、やっと会えた事への愛しさに滲んでいるようでもあった。
その対極のように感じてしまう表情をどう受け取っていいものか、何も浮ばない言葉に口を噤んでいると、そのままゆっくりと抱き寄せられた。
私の頭を抱えるようにしたことで、耳元に感じる春斗の吐息。
まるで壊れ物でも抱くように、私の体に手を回している。
何も話さず、それ以上の何かも起こらず。
ただ、抱きしめ続ける春斗の体が、僅かに震えているような気がして名前を呼んだ。
「春斗?」
それを切欠のように、春斗が話だす。
「ねぇ、香夏子。ここで。僕と一緒に暮らそう」
告げられた言葉は、訊ねているというよりも、そうすることが決まっているみたいな提案だった。
春斗と一緒にここで暮らす。
突然のことに、言葉が見つからない。
それ以前に、そういわれても、二人で暮らしている図を想像さえできなかった。
応えられず、ただ春斗を驚いたまま春斗の胸の中で黙っているとゆっくりと体を離し、塾へ訪ねていった時に見せたのと同じような困った顔をした。
それから、ふっと肩の力でも抜けたように息を漏らすと微笑を向ける。
「ごめん。急に言われても困るよね。コーヒー、冷めちゃうよ」
まだ半分以上も残っているカップのコーヒーを見て、春斗が促す。
私は、言われるがまま、まるでロボットみたいにそのカップへと手を伸ばした。
突然のこととはいえ、一緒に暮らすことを望む春斗へ、私は躊躇ったまま結局答を出せずにいた。
さっき何かを言いかけていた春斗が、本当に言いたかったことはこのことなんだろうか。
わからないけれど、それでもどこかで違うんじゃないかと思えていた。
一緒に暮らそうといった言葉の裏に、春斗の想いが隠れている気がしても。
私はそのことを追求することが、できなかった。