春に想われ 秋を愛した夏


肩に下げたバッグを抱えなおし、自分の鳴らすヒールの音に耳を済ませるように歩いていると、不意に大好きだった秋斗のことがまた脳内へと導き出されてきた。
深夜特有の静けさのおかげか、昼間あれほど動揺した秋斗のことも心を落ち着かせて考えられるようになっていた。

秋斗、変わっていなかったな。
相変わらず、相手のことなど考えなしの態度だった。
私がどんな思いでこの三年間を過ごしてきたのか、きっと何も考えてなどいなかったに違いない。
秋斗にしてみれば、あれはきっと日常にあるほんの些細なできごとの一つにすぎなかったのだろう。

そう思うと、情けなさに自嘲的な笑みが漏れでた。

春斗は、どうしているのかな。
相変わらず、穏やかにのんびりと暮らしているのだろうか。
あの穏やかさやゆったりと構える姿勢に、私や塔子が何度癒されたことか。

例えるなら、生まれたばかりの犬や猫を愛でる時のような癒し。
なんて言ったら、さすがの春斗も怒るかな。

苦笑いを僅かに浮かべながら、深夜にもかかわらず煌々と灯りを灯すスーパーへ足を踏み入れた。
籠を手に取り野菜を見て歩き、生肉売り場で霜降りの牛肉が美味しそうだなぁ、と値段を見て諦める。
その後、アルコール売り場を覗いて、缶ビールの六缶パックを籠に入れ、その重みに顔を顰めた。

「でも、これだけははずせないのよね」

ぼそりと独り言を漏らすと、すぐそばでドンッという重い物が落ちる音がした。
その音にビクリとして振り返ると、すぐそばで目を丸くした人が私を見たまま固まっていた。
その人物を見て、私も同じように目を丸くする。


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