春に想われ 秋を愛した夏
大学時代のことをとり止めもなく話していると、あっという間に自宅マンション前にたどり着いた。
「私の家、ここなの」
小ぶりの自宅マンション前で立ち止まり、春斗が持ってくれていたスーパーの袋を受け取った。
「送ってくれて、ありがと」
「いえいえ。どういたしまして」
春斗の優しい笑み。
この優しい口調や笑みは、昔と変わらず心を穏やかにさせてくれる。
まるで、精神安定剤みたいだ。
「私と塔子、すぐ先にある居酒屋さんでよく飲んでるんだ。今度、春斗も来なよ」
「うん。そうする」
「じゃあ、今日は久しぶりに会えて嬉しかった。気をつけてね」
右手を上げて送り出そうとしたところで、春斗が何かを思い出したように僅かに躊躇ってから口を開いた。
「あの……香夏子」
「ん?」
「……携帯番号、教えてもらえるかな?」
申し訳なさそうに眉根を下げる春斗に、そんな顔をさせている自分の方がよっぽど申し訳なくなって、胃の辺りがキリリと傷む。
秋斗から遠ざかるために、番号もアドレスも突然に変えてしまったのは私なのだから、春斗がそんな顔をすることなどないのに。
「ああ、うん。もちろん」
私は、バッグの中から携帯を取り出し、連絡先を春斗に教えた。
「よかった。これでまた香夏子と昔みたいに会えるね」
安堵したようなその言葉にどんな意味が含まれているのか、私は自分のことしか考えていなくて、少しも気づくことはなかった。
じゃあ、また。と笑顔を残して歩いて行く春斗の背中を見つめながら、私は知らずそこに秋斗を重ねていたから。
秋斗が、近くに住んでいる……。
偶然春斗に逢った驚きよりも、知らされた思いもかけないことに、私は期待を抱いていたのかもしれない。