春に想われ 秋を愛した夏


「香夏子」
「ん?」

振り返り見た春斗の表情は、何故か不安そうだった。

どうしたんだろう?

少しの間待ってみても、何も言わない。
さっきもこんな感じだった、と塔子のマンション前でのことが頭に浮かぶ。

「どうかした?」

訊ねる私に、戸惑いの表情を浮かべている。
何か言いたげな顔を見たまま、私はじっと春斗の言葉を待っていた。

「……秋斗に、逢った?」

瞬間、予想もしなかった問いかけに、心臓がかなりの衝撃を受けた。

秋斗が会社に偶然現れたことや。
さっきのコンビニでのことが、ぐるぐると頭の中を回っている。

春斗がどうしてそんな質問をしたのかなんて考える余裕もなく、私はただこう応えた。

「逢って……ないよ」

嘘をつく自分が、どうしてなのかも解らずに。
ただ、それだけを言って春斗に背を向ける。

「そっか……」

ポツリと私の背中に向けてもらした春斗は、じゃあ、お休み。と踵を返して行ってしまった。

春斗の質問に、ドクドクと激しく鳴り続ける心臓は、指先の傷にまで響くようで、いつまでもズキズキと痛み続けていた――――。


< 47 / 182 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop