春に想われ 秋を愛した夏
何の躊躇いもなく隣を歩く秋斗を見て、眉間にしわを寄せて立ち止まった。
「なに?」
「上まで送ってく」
頑固にそういう秋斗の態度に諦めて、結局エレベーター前まで歩いていった。
箱が降りてくるのを待ちながら、私は再び帰るように促した。
「ほんとに、もう平気だから」
フロアまで一緒についてこられたら、それこそ新井君になんていわれるか。
他のことならまだしも、今秋斗のことでからかわれたら平常心で笑っていられないと思う。
降りてきた箱に一緒に乗り込もうとした秋斗を制すると、解った。とやっと諦めてくれた。
それから、一枚の名刺をカードケースから出すと、私の手をとり握らせる。
「これ、俺の連絡先。体調悪かったりしたら、いつでも連絡しろよ。香夏子は、暑さに弱いから」
「なに、それ……。余計な心配だよ……。具合が悪くなれば、病院へ行くから」
「それも、そうか」
秋斗は、はにかむように笑うと、それでも何かあったらいつでも連絡しろよ。とエレベーターのドアが閉まるまで私を見送っていた。
「何で優しくするのよ……」
切ないほどに嬉しい優しさは、きっと秋斗の気まぐれだろうと思うと、酷く悲しくなってしまった。
気まぐれで近づいてきて、気まぐれで優しくする。
本人にその気がないのが解っているだけに、こっちにしてみたらとても迷惑な話だ。
振り回されるのはごめんだ。
そう思うのに、切なくて、苦しくて、エレベーターの中に私の溜息が蓄積されていく。
もう一度逢えたことの嬉しさと、受け入れてもらえないと知っている辛さがぶつかり合って、気持ちがグチャグチャだ。
「こんなの、病院にいっても治らないよ……」
降りたフロアで床にぼそりと零して席に戻ると、新井君からサボるなっつったろ。と冗談交じりに叱られた。
私は、ぬるくなったラテをお土産と新井君に渡しながら、ごめん。と気のない返事をした。
「なんだよ、このぬるい飲みもんは。ふざけんな」
新井君が、笑いながら突っ込んでくる。
予想を裏切らない反応をくれる新井君に少し救われた。