春に想われ 秋を愛した夏
仕事が終わって家に戻っても、秋斗のことを考えるだけで胸の鼓動は苦しく鳴り響いていた。
昨日借りたままだった。とブラシを返しに来たミサに、デートの話を聞いて欲しいと飲みに誘われたけれど、とてもそんな気分にはなれずに断ってしまったくらいだ。
一人暮らしの部屋に帰るなり、どさりとベッドに倒れ込む。
沈みこむ体を、布団が優しく受け止めてくれた。
その優しさに寄り添うように縋りながら、考えてもわからない疑問を口にした。
「どうして、今更私の前に現れたの……」
誰も答えてなどくれない疑問が、部屋の片隅に蓄積していく。
頭の中では過去の苦い記憶が甦り、胸のあたりはえも言われぬ痛みを感じていた。
医者では治せないその痛みを誤魔化すように、ぎゅっと目を閉じると今日見た秋斗の顔が浮かび上がる。
偶然逢ったことへの、驚きと懐かしむ表情。
冷たく振りほどいた手に、怒りを見せた表情。
寂しげに、その場を後にした表情……。
全てが愛しくて、全てが切ない。
忘れたくても忘れられずにいた気持ちが、奥底に締まっていた箱の中でカタカタと音を出し始めている。
その音に耳を塞ぐように数秒そうしてから、ころりと仰向けになり天井の目地を眺めた。