【完】『遠き都へ』
◇
時計は六時前である。
朝早くからけたたましい着信音で起こされた桜井理一郎は、電話のせいか不機嫌そのものであった。
「ねぇ理一っちゃん…どうしたの?」
隣で寝ていた貴島セイラが、長い茶髪をかきあげ気味に訊いてくる。
一糸まとわぬ生まれたままの姿のセイラは、モデルにふさわしい小麦色に灼けてすらりとした裸身をシーツにくるみながら、ベッドに寝そべって煙草に火を点けた。
というのも。
電話での理一郎は、普段セイラが聞いたことのない、骨肉に染み込んだであろう土佐弁で、
「何して今さら俺が高知ば戻らなならんがぞね? 一人ぐらい戻らんでも、納骨の一つや二つ支障ないろうが!」
珍しく声を荒らげたから、日頃の穏やかな口ぶりしか知らないセイラは驚いた。
電話が切れたあと、
「…何か、あったの?」
「別に何もないき、心配せんでえぇが」
ちょっとぶっきらぼうな土佐弁が直らないまま、理一郎は言った。
「またそう隠す…」
セイラはブスッとふくれている。
間が、空いた。
「…いつもそうだよね」
「?」
「理一っちゃんはさ、いつだって独りで抱え込んじゃうんだもん」
あたしはセックスの相手なだけ?──セイラは帰国子女らしいズケズケした物言いをする。
「そういうのじゃなくて」
この頃には東京弁に戻っている。
「じゃ言ってみてよ」
鋭い目で、セイラは問い詰めた。
何かが自分の秘密裡に進展するのを、快く思っていないらしいことだけは確かであろう。
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