【完】『遠き都へ』
「でもあの頃、女子で噂になってたのは桜井くんだったんだよね」

「…えっ?」

「ほら、桜井くんってあの頃、女子高の女の子と付き合ってたじゃない?」

何か取られたみたいでみんなで話題になってたんだよ──と、初めて耳にする話を理一郎は聞いた。

「うちの学校って中高一貫で、高校になったら四年生とか呼ぶでしょ?」

それだけ結束力の強い反面、転入すると浮いてしまうのである。

「あたしなんか高校から入ったから、なかなか馴染めなかったけど」

あゆみは寂しげな笑みを浮かべながら、棚にカップを納めた。

「男子の間じゃ橋口が噂になってたけどね」

理一郎が言うと、

「それで隣のクラスにいた、桝岡ってパン屋の息子が橋口にアタックしたら、生理的に好きになれないって言われて玉砕して」

身の程を知れって言われていたのを、理一郎は思い出した。

「あのパン屋、まずすぎて親父さんの代でつぶれたあと、あいつ東京におるって聞いたぞ」

「まるで東京がまずいものしかないみたいじゃないかよ」

「前に親戚の法事で東京行ったら、高知の味が恋しいだろうからって鰹のたたきが出たけんど、臭くて食えたもんやなかったぞ」

これを機に高知に戻るつもりはないがか?──大介は訊いた。

「向こうで仕事もあるからなぁ」

「…そうか」

大介は唇をとがらせた。

「まぁまた戻ったら、そんときはみんなで飲もうや」

そんな風にして、理一郎とセイラはアイビーを出た。

< 10 / 21 >

この作品をシェア

pagetop