【完】『遠き都へ』
「話?」

理一郎はえらくすっとんきょうな声をあげた。

「…あたし、ホテルに先に戻るね」

セイラは気を遣ったのか帰ろうとしたが、

「セイラさんにも、聞いて欲しいの」

「…えっ?」

「だって、桜井くんのフィアンセなんでしょ?」

そういえば自己紹介の際、そんな言い方をしたのをセイラは思い出した。

「あのね桜井くん…実は、謝らなきゃならないことがあるの」

「…別に怒らんき、言うてみ」

ポロッと土佐弁が出た。

「うちにバイトに来る女の子の話なんだけど」

多分その子、桜井くんの妹だと思う──あゆみは思い切ったように覚悟を決めた顔で、だがしかし小声で言った。

「面接で履歴書見たときに桜井くんのお父さんの名前があって、でもあんまり踏み込める話題じゃないからずっとスルーしてた」

けど…とあゆみは続ける。

「さすがに桜井くんに会っちゃったら、隠し切れるものじゃないし…」

つまり来なければ分からなかった、といったところなのであろう。

「…さすがはセイラ、鋭いな」

「ん?」

「セイラが何の気なしに言ったことは、よく当たるんだよなぁ」

理一郎は苦笑を浮かべながら、

「世の中ってユニークな展開だよなぁ」

俺は会わないよ、と言ってから、

「仮に会ったところで何か変わる訳でもないし、何の得にもならない」

だから会わない、と言うのである。

「…理一っちゃんは言い出したら聞かないから」

セイラは敢えては勧めない。

「いわゆる、いごっそうだからね」

「いごっそう?」

漢字で異骨相と書く。

俗に頑固で一徹で、持説を曲げない人をさす。

「そうなるかもって思ったから、言わなかったって部分もあったんだけどさ」

「…橋口は頭えぇなぁ」

見事に見抜かれゆうがにゃ──理一郎には作り笑いを浮かべることぐらいしか、残されていなかった。

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