【完】『遠き都へ』
二、三日ほど過ぎた。

「せっかく高知ば来ちゅうがやし」

という清家大介の勧めもあって、理一郎とセイラは安芸までドライブすることになった。

「俺の地元やき、まぁ何もないとこがやけんど、東京にはないゆったりさはありゆうきね」

えぇとこやがぞ──大介はそんな言い方をした。



鏡川の畔の、理一郎たちがいるホテルから小一時間ばかり、潮の香りが近い国道を車で駈ると、静かなたたずまいをした町並みが見えてくる。

「ホンマに何もないろう?」

東京にはない、悠揚たる時空間の場である。

(これが)

何もないことが贅沢なのだ、という何よりの証左ではないか。

さて。

市役所の脇を川に沿って左へ折れ、さらに稲田が広がる道を走ると、駐車場に入って三人で車を降りた。

少し歩くと、田圃の中に屋根のついた時計が見えてくる。

「あれが野良時計や」

明治の頃から今も正確に、時を刻み続けているという大介の説明で、

「これがあったき、中学を出るまで腕に時計したことがなかった」

と言った。

そういえば理一郎は大介の地元の話を、聞いたことがなかった。

「そらお前が忘れちゅうだけぞ」

学校祭のよさこいの練習のとき話したろうが、と大介は笑ってから、

「話ば聞いちゃあせんって証拠ぞ」

「聞いてるって」

「うんにゃ、話ば聞きゆうようで聞いちゃあせん」

それは他人に興味が薄いって意味ぞ…笑いながらも、大介はかなり厳しいことを言って見せた。

理一郎はハッとして、

「…そうだよな、自分勝手だよな」

今さらになって気がついたような顔をし、

「そういうことか」

とセイラの方へ目を向けた。

セイラはキョトンとした顔つきになって、

「ん?」

と奇妙がったが、

(俺も案外、単純だな)

と思い直すと、何か内側で変わってゆくような、そういう感懐をおぼえた。

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