【完】『遠き都へ』
琵琶湖が見えた。

山科から今熊野のトンネルを抜けると、東寺の五重の塔が見えてやがて京都の駅のプラットホームへと車輌は滑り込む。

「安幕部ちゃん、起きてってば」

セイラが焦った様子で忍を揺り起こし、寝ぼけた目をこする忍の腕をつかんで、慌ただしく乗降口へと走る。

理一郎と聖はすでにドアの前にいた。

「あんまり起きんから置いてくつもりだった」

理一郎にはそういう配慮のなさがあるらしい。

「理一っちゃんって、そういうところが薄情だよね」

セイラには理解しがたい面であろう。



レンタカーを借り、聖の運転と忍のナビゲーションで向かったのは、黒谷の金戒光明寺から永観堂の方へと少し登った、鹿ヶ谷と呼ばれる辺りにあった福祉施設であった。

この界隈まで来ると、なかなか眺めもよく京都の町を一望できる。

その施設に、くだんの遺骨を預かっているおじの敦は住まっていた。

「理一郎、久々やな」

語りかけるおじはすっかり好々爺で、白髭が遠くからでも目立つ。

「本来ならもう少し早く渡したかったんやが」

お前の母親がいっかな縦に首を降らんかったから遅くなった、というようなことを言った。

「まぁあれが怒るのも無理はない…何せあちこち浮気して歩いてたんやからな」

ありゃ誰が諌めても聞かんかった…というのである。

「仕方ないって」

そう言って理一郎が思い出したのは、小学校のときに父親の譲から茶碗を投げ付けられたときの話であった。

とにかく競馬好きであった譲と、理一郎は出掛けたり遊んだりというのが皆無であった。

それでたまりかねた母親が制止したのだが、

「お前みたいな子供がおるき、好きなように暮らせんがよ」

と言って、理一郎に茶碗を投げたのである。

そのとき。

理一郎は右手の人差し指を欠片で切った。

いまだに冬になると傷痕がつる。

この一件のあと、理一郎は寮のある学校へ進学したいと思うようになった…と、他日、セイラに打ち明けたことがあった。

「早く親から離れたかったのかもな」

ふと呟いた目線が虚空に漂っていたのを、セイラは印象的であったのか鮮明に記憶していた。

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