【完】『遠き都へ』
帯屋町のアーケード街は、まるで変わっていなかった。
古びたレコード屋も、禿げた親父がやっている八百屋も、なぜか盆栽が店先にあった瀬戸物屋も、同じクラスに跡取りがいた呉服屋も、何もかも…である。
そこに。
「アイビー」
と小さく書かれた立看板がある。
木のドアを開けた。
「橋口おるかー」
珍しいヤツ連れて来ゆうがぞ──大介は理一郎とセイラを招き入れた。
すると。
「…桜井くん」
カウンターにいた橋口あゆみが、唐突な登場に驚きのあまりタンブラーを落としそうになった。
「…今日戻ったけど、用が済んだらすぐ帰るし」
照れ隠し気味に理一郎は言う。
「…そうなんだ?」
きれいな口跡である。
というのも。
タクシーの車中、橋口あゆみがカフェを帯屋町に開くまでの顛末は、清家大介が教えてくれたのだが、
「親の離婚で進学できんくなって、しばらく北新地で働いてたんやけんど、そのあと東京に行ったりしたあと、高知に戻ってカフェを開くことなってな」
どうりでアクセントが標準語になっているはずである。
「なまじ美少女やったばっかりに、エラい目にあっちゅうがやきね…」
そんなあゆみである。