月夜見ヴァーメイル
水入りのペットボトルを持ち職員室に到着して数分、私は緑色の生物と対峙している。
担任に呼ばれてなぜ、緑色の生物もといカッパと向き合っているのか、答えは簡単だ。
担任の河西先生がカッパだからだ。
だけど回りから見たらきちんと人として目に映っている、狸から貰っている化け薬のおかげらしい。
「…籠山(コミヤマ)」
「……なんですか河西先生」
「俺の皿に何か違和感はないか」
「……特には」
「…水が、水が、水が」
「あっ、本当ですね。水がなくなりそうですよ」
「…頼む。水をくれ籠山」
「……わかりました」
河西先生は立派な黄色いくちばしをパクパクと動かし、すがるような目で私を見てきた。
これ、回りから見たらどう見えてんだろ。
凄い危ない絵図だったらもう来るのやめよう。
まあ、だけどこう言うのは何回かある。
そのため私は職員室に行く時はいつも水入りペットボトルを持ってきているのだ。
「そうだと思いまして、はい河西先生。」
「て、天然水だろうな?」
「……炭酸水の方が良かったですか?」
「…い、いや。ありがとう」
ボトトトトトト、回りから隠すように河西先生の頭に水をかける。
すると、河西先生がほぅと息を着いた途端頬をピンク色に染めた。
……気持ち悪いとか思ってないよ。
カッパだから仕方ないよね。
お皿の水、大切だもんね。
別に、本当に、気持ち悪いとか思ってないよ。
何に言い訳しているのか、下らなかったから考えるのをやめた。
「ふぅ、そうだった。籠山」
「なんですか?」
「お前、授業中寝てばかりらしいな」
「……」
「罰として放課後、ゴミをごみ捨て場に捨ててこい。」
「……」
「わかったな?弦(ゲン)さんのその目を受けついだんだ、しっかりとやれ」
……自分の皿の水の管理もできないのに、偉そうなこと言うなカッパ。
そう悪態をつきながらも、溜め息をついた。
弦さん、私のお祖父ちゃんの名前。
河西先生も世話になったらしく、お祖父ちゃんが亡くなった時は庭でずっと泣いていた。
河西先生だけじゃなく他のカッパ達も、他の妖怪達も、ずっと泣いて一週間は家から離れなかった。
お祖父ちゃんは慕われていたんだ。
そんな人の目を私は受け継いだ。
こんな目、いらないのに。
お兄ちゃんの方がよっぽど、この妖怪が見える目を受け継いだ方が良かったよ。
私は沈んだ気持ちのまま、職員室を後にした。
「……いらないよ」
その言葉は静かに廊下に溶け込んだ。