月夜見ヴァーメイル
烏天狗の森(山)
重い足をなんとか動かしながら、鳥居をくぐっていく。
烏…、追いかけなきゃ。
でも意思とは反対に体は吸い寄せられるように、奥にへと進んでいく。
懐かしい…ような、新鮮なような。
そんな事を思いながら歩いていると、暫くして鳥居は途切れた。
代わりに神社にあるような社殿が現れた。
一目見て古いのがよく分かる。
社殿に使われている神木は所々剥がれており、虫に喰われていた。
かつては色が塗られていたであろう屋根なども、茶色く霞んでいる。
その社殿に向かって伸びる、石畳で出来ている細長い道。
脇には狛犬ではなく烏……?
「えっ!烏?!」
驚きで思わず声をあげてしまった。
「烏で悪いか」
「ひっ?!」
そして後ろから聞こえてきた声にも驚いて、悲鳴をあげてしまう始末。
情けないが、ビビりだから仕方がない。
「おい」
「っ、」
また聞こえてきた、低く少し掠れた声。
私はゆっくりとだけど振り返った。
心臓がバクバクと暴れる。
「…よぉ、弦さんの孫」
「……」
意地悪そうな笑顔を浮かべ、フリフリと手を振っている男性が一人。
その人は黒くサラサラの髪に、鋭く光る金色の瞳を携えていた。
一重の切れ長の目に、右の目元にあるホクロ。
白い肌に薄い口。
全体的に薄情そうな顔をしている。
だけど、まあそれはいい。
私が気になるのは、その人の格好だ。
山伏装束に身を包み、肩に赤目の烏を乗せている。
しかも背中に広がる漆黒の……翼…?
「…おい、お前」
「……」
「おい!」
「……」
「おーいっ!」
「……」
「…ッチ、おいッ!!!!」
「はっひ?!」
苛立ったような声がビリビリと鼓膜を揺らし、私は我に返った。
「お前さ、ここがどこだか分かってんのか?」
「…御駈坂の森?」
「……そうだけど、ここは」
「…烏天狗の森?」
「分かってんじゃねえか。まあ、俺らは山の方がいいんだが、仕方なくな。仕方なく住んでんだよ」
何様だ、こいつ。
別に住まなくてもいいよ、とは口には出さない。
いや、出せない。
……恐いんですよ、彼。
烏天狗っぽい彼がね、すごく恐いんです。