真紅の空
「そうか」
「そうかって、もうちょっと焦るとかないわけ?」
「・・・焦っても仕方ないだろう。起こってしまったものは
もうどうしようもない。
お前だって、俺の時代にいたときは落ち着いていただろう?」
「それはあたしが・・・っ」
あたしが、“アイスドール”だから。
そう言おうとして口を噤む。
そんなこと、この人に言ったってしょうがない。
あたしは俯いて、それから手に力を込めた。
ゆっくり深呼吸して顔を上げる。
「由紀?」
「と、とにかく!お兄ちゃんにはあんたは友達で、
あたしを迎えに来たことにするから、
わかんなくても適当に話を合わせて。ね?」
「何を言ってるんだ?」
「だから!ここに正体不明の男がいるとまずいの!!
友達だってギリギリなんだから何も余計なことは言わないで!」
暁斉はあたしの顔をじっと見つめると、
目を細めて口を開いた。
「・・・わかった。そういう事実は一切ないが、
お前の“友”として身を隠せばいいんだな?」
いちいち責めるような言い方。
仁みたいな声なのに、仁とはえらい違いよ。
あたしは黙って頷いてから立ち上がった。
「じゃ、下におりてお父さんたちに説明するから。
あんたは・・・今から“暁”よ。いい?」
「あき・・・ら?」
「そう。暁のほうが呼びやすいし、
隠すなら本名じゃないほうがいいわ」
あたしがそう言って、咄嗟に暁斉の名前から
一文字とって“暁”でいることを提案した。
暁斉は、目を逸らして口を動かした。
「・・・また、増えたな」
「え?」
「いや、何でもない。行くなら早く行くぞ」
「う、うん」
何か言ったような気がしたけど、気のせいかな?
何でもないと言った暁斉が少し顔を曇らせたようにも見えた。
1階まで着いて、リビングの扉の前に立つと、
あたしは振り返った。
何だ?とでも聞くような表情の暁斉に、
あたしは言った。
「暁」
「・・・な、なんだ」
「うん。それでいいわ。上出来」
「随分な物言いだな。お前、俺がどういう
人間かわかってるのか?」
「あのね、あなたの時代では偉いかもしれないけど、
ここでは違う。そんな偉そうな態度はやめて。
あんたとあたしは友達。いい?」
「・・・・腑に落ちないが、わかった」
少し不満げな暁斉の返答に満足したあたしは
ゆっくりと扉を開けた。