真紅の空



博仁。名前を聞いても、やっぱり分からない。
そんな名前残っていない。
悲しいことに、あたしはこの人の何もかもを、知らない。


「しかし、俺の未来が分からぬとは残念だな。
 いつどこで死ぬのか分かったら良かったものを」


「こ、怖くないの?自分が死んでしまうなんて」


「……怖いものか。信長公のために死ねるなら、本望だ」


嘘。だってあなた、あたしを呼んだ時……ううん。
あの雪姫様を呼んだ時言っていたじゃない。
「本当は死にたくなどない」って。


本当は怖いんでしょう?
どうして虚勢を張ってしまうのかしら。


「そ、う言えば、雪姫様が来ていたわよ」


「何?」


あたしが言うと、暁斉は眉を顰めた。
瞳を揺らし、あたしを見ている。
そんなに動揺するんだ。雪姫様の名だけで。


「あの姫様、何者なの?あなたを
 慕っているみたいだったけど」


本当は則暁くんに聞いて知っているけれど、
わざと知らないふりをする。
暁斉は一度唇を噛みしめて瞳を閉じると、
もう一度瞳を開けて口を開いた。


「あのお方は、本当ならば俺が
 目にとめることも出来ぬお方だ。
 お前だってそうだ。お前のような
 異国の地の娘が目に映していいお方ではない」


「暁斉に会いに来ていたわよ」


「それでも、俺は会ってはいけないのだ……」


なるほどね。身分違いの恋など、してはいけないのですと言った、
則暁くんの声を思い出す。


身分違いの恋か。
現代には考えられないこと。
何かしらのしがらみがあって結婚出来ない人も
いるにはいるけれど、身分とかそんなもの、
現代には存在しない。


天皇陛下とか総理大臣とか、
そういう人たち以外はみんな一般人。
好きな人と好きなだけいられるという
幸せな時代に生まれたんだと痛感する。


あたしと仁みたいに、好きな人同士でいられるなんて、
この時代ではあり得ないことなんだろうと思う。


この時代の人は家柄で結婚が決まる。
本人の気持ちなんて二の次。
だからこの時代で本当に自分の結婚相手を
好きでいられるってとても特別なことなんだと思う。


変なの。身分なんて無ければいいのに。



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