罪の果汁は甘い毒 完


再び緩くため息を吐き、五十鈴はベッドから抜け出す。フローリングの床に素足で触れれば、凍るようにそこは冷たい。思わず足の指と背を丸めて歩いた。
両手を擦り合わせ、生ぬるい息を吹きかける。

上に厚手のカーディガンを羽織り、お湯を沸かしてインスタントの珈琲を淹れた。それを啜りつつ、窓を覆っているカーテンを全開にする。

妙齢の女性にしては物があまりにも少ない、質素としか言いようのないどこかどんより翳ったこの部屋も、太陽光が入っただけで少し印象が緩和されて明るく映るのだから、自然とは偉大なものだ。


壁に掛けてある時計に視線を遣れば、短針は一の数字を指していた。休日にしか出来ない優雅な朝寝坊か、とカップを口元に運ぶ。


特に見たいものもなかったが、テレビの電源を点けた。その四角い枠の中では有名人たちが楽しげに笑っていて、音のない部屋にその笑い声はどこか虚しく響く。

ベッドに背中を預けるように床に座り込んで、テレビを見るともなしに眺めながら熱々の珈琲を啜る。香りの薄いそれは特に美味しくもない。ぼんやりしながら五十鈴は『彼』に想いを馳せた。


どちらかと言えば細い一重の瞳に鷲のように鋭い光を宿らせ、彼女に「この関係は遊びだ」とはっきり言い切った、左手薬指にプラチナの輝かせた、誰より薄情で誰より冷酷な、五十鈴の愛する男。


この部屋には、彼専用のマグカップも、2人で撮った写真を飾る写真立ても何もない。部屋の合鍵すら、彼女は渡していなかった。彼が拒否したのだ。火遊びの関係にそんなものが必要か?と。

まあそのくせに行為の際には執拗なほどに彼女の身体に舌を這わせ、数え切れないほどに独占欲の証拠である赤い華を白い肌に咲かせてゆくのだから、矛盾しているとは思うのだが。


自分でも正直、どうしてあんな薄情な男に惚れたのか判らない。最初は仕事が出来ても苦手な上司であったことも確かだ。仕事関係で何度泣かされたかも判らない。(まあプライベートで関係を持つようになったこの2年の間にも散々泣かされてはいるのだが)

だが今五十鈴が彼を心から愛しているのは事実だ。……一度も、伝えたことはないが。
遊びであることを明言する彼にそんなことが言えるわけがない。彼に都合のいい女に徹することでしか相手を繋ぎ止めていられない。なんて馬鹿なのか。



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