意地悪な君に
教室の中は、ちょうど自己紹介の真っ只中だったらしく、千紗が一人立っていた。
「美晴!?」
千紗は驚いて私の方を見る。
千紗にも事情を説明したいけど、今はそれどころじゃない。
悠先輩がつかつかと、教壇の先生に向かっていく。
「お?坂崎、どうした?」
あ、この先生が私の担任なんだ。
いい感じに白髪の混じったおじさん先生。
雰囲気優しそう。
「新入生の佐伯を連れてきました。」
先生が悠先輩の後ろを覗き込む。
「あ、あの、佐伯です。入学式出られなくてすみませんでした。実は・・・」
私が事情を説明しようとするのにかぶせて、先輩が言葉を発する。
「俺を庇って噴水に落ちたんです。」
えっ!?
驚いて言葉に詰まる。
「入学式の挨拶が不安で・・・裏庭で練習してたんです。そしたら足を滑らせて・・・噴水に落ちそうになったところを通りかかった佐伯が庇ってくれてたんです。すみません。俺のせいで・・・佐伯は何も悪くないんです!」
目の前にいるこの男は一体誰???
入学式の挨拶が不安?
いやいや、そんな男じゃないでしょう。
芝居にしてもあまりの驚きで、私は笑うことも出来ない。
・・・もしかして、普段はこういう謙虚なキャラなの?
「そうか・・・それで入学式は木下が代理で挨拶してたんだな・・・。佐伯、いい事をしたな。入学式に出られなかったのは残念だが、気にするな。早く席につけ。」
え・・・!
信じちゃうんだ!?先生!!
でも、とりあえず、助かった・・・かな。
「坂崎も、もういいから戻れ。」
先生に促されて先輩は教室を出ようとする。
「あ、待って・・・っ」
私は咄嗟に袖をつかみ、先輩の耳に顔を近づけて、誰にも聞こえないように言った。
「あのっ、先輩。ありがとうございました・・・」
すると、先輩は私だけに見えるように振り返って、ニヤリと笑った。