【続】三十路で初恋、仕切り直します。
「ううん。不安っていうか、正直ちょっとわくわくするような気持ちもあったよ。だから今は気が抜けちゃった」
何回か使った妊娠検査薬にはいずれもまったく反応がなかったから、妊娠している確率は限りなく低いのだろうと予期していた。けれどいざ月のものがはじまるとそれはそれでさびしいような残念なような気分にもなっていた。
「でも法資にとっては急な話で戸惑わせちゃったよね」
申し訳なく思いながら言うと、法資はなぜかすこし面映そうに視線を逸らした。
『戸惑ったっつぅか。これでももし授かってたらっていろいろ考えてたからな。……身重なのに不慣れな外国に呼び寄せていいのかとか、けど静岡のじいちゃんの家にいたんじゃ結局周りに頼れる人間いないし、実家に帰れるわけでもないからやっぱこっち連れてきた方がいいのかとか』
「……いるの前提で考えててくれたんだ?」
泰菜の言葉に法資の耳朶がすこしだけ赤くなる。
どうやらすこしだけ浮かれるような気分になっていたのは自分だけではなかったようだ。そのことがうれしく、そして心強かった。
『そりゃな。大事なことだから1パーセントの確率だったとしたって、可能性があるならないがしろに出来るわけないだろ。おまえと赤ん坊、どっちも自分の家族のことなんだから』
今度は泰菜が赤くなる番だった。真摯な顔をして自分の身を案じてくれる法資を見ることはしあわせなことだった。
なんとなく気恥ずかしくなってしばらくお互いに黙ったままときおり視線だけ交わしていると、法資が『泰菜』とやさしく呼びかけてきた。
「なあに?」
『それで考えたけど。やっぱ俺たち、式まで待たないで入籍だけでも先に済ませておかないか?』