【続】三十路で初恋、仕切り直します。


「……法資…、………ごめん……」

ようやくどうにか言葉を搾り出すと、法資は苦笑して言った。

『おまえさ、そのままでいてくれよ』
「………うん……?」
『こっちに来て一緒になった途端、気持ち冷めたりするなよ?遠距離のときだけ気持ちが盛り上がってましたとか、勘弁だからな』

冗談っぽい口調でありながら、法資の言葉には本音らしき切々とした感情が込められていた。

「……しないよ、そんなの」
『本当だな?今言質取ったからな。こっち来てからも同じくらい熱烈でいてくれよ』
「…………ばか…」

まだ濡れたままの顔でぎこちなく笑ってみせると、法資もせつなそうに目を細めて微笑む。


『つらい思いさせて悪い。今泰菜にしてやれることが何もなくて、本当に自分が嫌になる』

法資に自嘲するように言われて、慌てて首を振った。

「いいの。挙式のことは、ちゃんと頑張るって自分で決めたことだし。……法資は浮気しないでいてくれたら、それでいいよ。十分だから」
『なんだよ、それ。随分ハードルの低いお願いだな』

冗談めかして笑った後、不意に真面目な顔になった法資が『泰菜』と呼びかける。


『愛してる』


飾り気のない、その分真っ直ぐな言葉だった。

泰菜の傍にいれないことを歯痒く思っている気持ちも、泰菜の体調を気遣う気持ちも、誰よりも深く唯一無二の愛情を泰菜に注いでいることも、全部がその一言で伝わってくる。

いつもは法資に甘い言葉を囁かれても、恥ずかしくて「ありがとう」や「わたしも」などとしか言えなかった。けれどこのときは照れよりも、法資が誰よりも愛おしい人なのだという強い実感があったから。何を考えるよりも先に、自然と同じ言葉を返していた。




この日が、付き合ってからはじめて法資に『愛してます』と言えた日になった。




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