【続】三十路で初恋、仕切り直します。
離婚して秀作とは他人になっても、泰菜にとっては実の母親は前妻の冬香であることは変わりない。だから紀子ははじめ、挙式だけでも泰菜の母親の冬香も招待出来るようにしたらいいのではないかとひそかに父に提案してくれていたそうだ。
結論からいえば母は「場違いな人間だから」と言って出席を辞退したそうだけど、紀子の気遣いは素直にうれしかった。だからバージンロードを歩く前にベールを下ろしてもらう役も是非にと紀子にお願いした。
母親というより姉のような感覚で接している相手で、紀子自身も「私でいいのかしら」とちょっと戸惑ったようにはにかんでいたけれど、「泰菜さんが末永くしあわせなままでいますようにって、願いを込めて下ろさせてもらうわね」と承諾してくれた。
「ううん。私なんかが余計なことに口を挟んでごめんなさい……」
「母が『行かない』って言ったことなら、そんな気にしないでください。きっとそう言うだろうなって思っていたし」
泰菜の母親は男勝りに仕事をこなすキャリアウーマンで、父と別れた後もばりばり仕事をしつつも、再婚して子供もふたり授かり、新しい家庭を築いていた。
泰菜の目から見てもとてもさっぱりとした気質の人で、親権を手放した娘との面会を積極的に取り付けるような人ではなく、泰菜の挙式のことを連絡した父にも「出席するつもりはない」ときっぱり告げたと聞いている。
「うちのお父さん、お母さんのこと『相変わらず薄情な女だ』なんてすごく怒ってたけど、あれじゃ家で紀子さん大変だったでしょう?お父さんのお守り、ご苦労様です」
父の秀作は一度機嫌を悪くするとそれを長く引き摺る子供っぽいところがあり、子供時代の経験則からさぞや紀子も苦労しただろうなと思いきや、当の紀子は笑いながら意外なことを口にした。
「秀作さん、怒りっぽいけどそんな根に持つ人じゃないし全然大丈夫よ?今日なんて上機嫌で朝ごはん食べてたわ」
「……お父さん、本当に紀子さんに惚れきってるんですね。父と2人で暮らしてるとき、わたし、瞬間湯沸かし器みたいな父のこと、正直しんどいって思ってばかりでしたよ?」