【続】三十路で初恋、仕切り直します。
泰菜と連絡が付かない秀作が近所の桃木家に電話をして、そのとき唯一在宅していた法資に『泰菜から連絡が来ない。ずっと電話が繋がらない。家に泰菜が帰っているか急いで確認してくれないか』と頼んだと後から聞いた。
思い詰めたように顔を強張らせていた法資は、眠い目をこすりながら玄関扉から姿を現した泰菜に、しばらく呆然となった。そして急に険しい顔になるやいなや「馬鹿」だの「ブス」だの罵詈雑言を泰菜に浴びせ、挙句に「戸締りしておけよッ」と吐き捨てながら怒って自宅に帰っていった。
その頃は秀作の心配が愛情ではなくただの『父親としての義務』にしか感じられなくなっていて、母親は半年に一度だった面会を一年に一度しかきてくれなくなった時期だった。
だから怒り狂うくらい本気で法資が自分のことを心配してくれたことがうれしくて。胸を切なくさせるくらいうれしくて。そのときの法資の怒った顔はしばらく余韻のように目に焼き付いて忘れることが出来なかった。
そのときの思いを胸の中で反芻していると、すぐ傍でシャッターが切られる音がした。
「今の表情、とてもやわらかくていいですね」
いつの間にか、間近でカメラマンにレンズを差し向けられていた。法資のことを考えていて表情が緩んでしまっていたことが恥ずかしくてすこし赤くなった顔を伏せると、その表情にまでカメラマンがレンズを向けてくる。
「あ、あの。わたしちょっと、夫から連絡がきてないか携帯見てきますっ」
逃げるように立ち上がろうとするのと同じタイミングで控え室がノックされた。