【続】三十路で初恋、仕切り直します。

法資の言葉を固唾を飲んで待っているのに、法資は何も言わない。ただ直視し難いものを前にしたときのようにきれいな二重の目を糸の様に細くしている。


長過ぎる法資の沈黙に、もしかして自分で思ってるほど似合ってないのかもしれないと不安に陥って、物言いたげな法資の視線を遮って「……早く支度しないと」と口早に告げていた。

本当だったら会ったはじめに直前まで仕事をしていた法資を労う言葉を掛けたかったけれど、晶や紀子の前だという照れ臭さもあって、つい「法資、遅いよ」と文句のようなことまで言ってしまう。けれど法資は気にする様子もなく苦笑した。

「悪い、電車一本遅れたんだよ」

よほど慌てていたのか、珍しく法資の髪はセットもされずに乱れていて、寝不足のためか顔にもやや疲労の色が出ていた。駆け寄っていきたいのに、法資はすぐに会場の担当者に「新郎さまはこちらへ」と別の控え室に連れて行かれてしまった。




「大丈夫よ、泰菜ちゃん」

法資が去った後も名残惜しくドアを見詰めていると、晶が肩を叩きながら言う。

「法くん猫っかぶりだから、タキシードに着替えたら疲れた顔もどこへやらで、また『僕が世界一幸せな新郎です』って顔してくれるから。見せてもらった写真、法くんはどれもそういう顔してたしね」
「たしかに先週の静岡の披露宴、法資さん白いタキシード姿すごくよかったわ。男の人が着る白い衣装って素敵だけど、さすがに私は秀作さんにああいう王子様みたいな恰好してって頼めなかったもの」


義姉たちの話に、なんとも言えずに泰菜は思わず半笑いを浮かべてしまう。



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