【続】三十路で初恋、仕切り直します。
「そんな鬱陶しそうな顔することないでしょ。そんなに悪い思い出なの?」
「つうかおまえほんと鈍かったよなって思い出してすこし苛っとしただけだ。……あの頃、なんだか妙におまえの隣が居心地が悪くなって戸惑ってたんだよ。思えば、ああやって一緒に帰ったのが俺がおまえに拘ってるって自覚したきっかけになったのかもな」
いつものように核心の部分をはっきりとは言わない法資の話に疑問符を浮かべていると、法資がにっこりと不穏な笑顔を浮かべた。
「何が言いたいのかさっぱり分からないって顔だな。察しが悪い馬鹿には仕置きが必要か?」
「………え。やだ、やめてっ」
メイクが施された顔に無遠慮に触ってこようとしたからそれを慌てて払うと、法資はなおも無理やり頬に触れてこようとする。
「だめ!このメイク、すごい気合入れてしてもらったのっ触らないでっ」
「へえ?……じゃあ俺の言わんとしたことも気合入れて考えろ」
「分かりません」と早々に降参すると、意外にもすぐに『回答』を告げられる。
「兄弟みたいに気を遣わないで育ってきた相手を急に『女』だって意識するようになりゃ、居心地悪くなって当然だろ。ぜんぜん寛げないし妙な緊張するしで」
「……今はどうなんですか?」
うっかり考えなしに訊いてしまうと、法資の唇が意地悪な形に跳ね上がった。
「またそうやって何でも人に言わせようとしやがって。おまえ俺に惚れられてるって思ってあまり調子に乗るなよ」
「やめ、触らないでっメイク崩れちゃうって!」
じゃれつくような攻防を繰り返していると、控え室の外から「すみません、そろそろお時間です」と介添えスタッフの控えめな声がした。
一瞬にして「新郎」のモードに入った法資が恭しい仕草で右手を差し出してくる。